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メディアの楽観的ながん治療報道が、適切な治療・ケアの自己選択を誤らせるおそれ

2010-06-28

(キーワード:がん治療、内容分析、侵襲的治療、楽観的な期待)
 
 Archieves of Internal Medicine誌2010年3月22日号に、ペンシルベニア大学の研究者フィッシュマン氏らによる、新聞と雑誌に報道されたがん治療に関する436の記事の内容分析を行った研究結果が発表された。研究によると侵襲的治療や生存期間の延長は頻繁に報道されるが、治療の失敗や有害事象、緩和医療・終末期ケアや死亡などに言及している記事は稀であった。これではがん治療に不適切に楽観的な期待をもたらし、適切な治療・ケアの選択をそこなう危険性があると著者らは指摘している。以下にその要約を紹介する。
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 米国では、男性の2人に1人、女性の3人に1人が一生のうちにがんと診断され、うち半数ががんや合併症で死亡する。毎年555,500人もの米国人ががんで死亡する計算であり、死亡率は有意に増加している。こういった図表を、メディアは好んで報道してきた。がん報道の量や種類が、患者と医師の考え方や行動に影響していると指摘する研究もあり、がん報道が、がんの治療の転帰について現実的な情報を提供しているのかどうかを見定めることは重要である。我々は米国の8大新聞と全国雑誌5誌の2005年〜2007年の記事から2,228のがんに関する記事を特定し、さらに436の記事(19.6%)を無作為に抽出した。これらのがん報道について、生存と死亡、治癒と治療の失敗または有害事象、侵襲的治療と緩和的治療・ケアのいずれが強調されているのか、内容分析を行った。

 436記事(新聞312、雑誌124)のうち、取り上げられたがんの種類で最も多かったのが乳がん153(35.1%)、次いで前立腺がん65(14.9%)、がん全般を扱っていたものが87(20.0%)であった。生存か死亡の記述は、それぞれ140(32.1%)と33(7.6%)で生存が多かった(P<0.001)。症例数でいうと、176記事(39.7%)に計216症例の治療結果について書かれており、そのうち生存170症例(78.7%)に対し死亡はわずか46症例(21.3%)のみであった(P<.001)。治療の失敗は57症例(13.1%)、有害事象の記述があったのは131症例(30.0%)であった。治療内容では、侵襲的治療が249症例(57.1%)に対し終末期ケアはわずか2症例(0.5%、P<.001)、両方の記述は11症例(2.5%)であった。

 死亡症例や、緩和・ホスピスケアに言及したものはごくわずかであり、驚くべきことにがん患者の半数が死亡するであろうことは伝えた記事はほとんどなかった。終末期であることや余命の情報は、がん患者が自分の終末期のケアや治療の結果についての現実的な見通しを持つ助けとなる。患者と家族の十分な満足や、低コストで苦痛を緩和し、質の高い終末期ケアを提供する、ホスピスプログラムの情報が提供されないということは重大である。それらの情報は、多くのがん患者にとって、治療の自己選択の助けとなり、予後やリスク、治療の恩恵を受ける可能性に現実的に影響するものだからである。
 ではメディアは、治療の失敗や有害事象、終末期ケア、死または死ぬことについてどれだけの頻度で論じるべきだろうか。具体的な数字を示すことはできないが、がん治療や生存に関するニュース報道を理想的な形で行うような教育目標もまた、報道機関に強く求めるべきである。著者らは、メディアの報道は非常に広範な人々に関わることから、がんに対する侵襲的治療や生存に関する報道と同等の注目を、他の選択肢にも向けるべきだと結んでいる。
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 本報告の「侵襲的治療」には、手術のみならず,薬物治療も当然に含まれていることから、注目情報として取り上げた。
 患者の自己決定を保障する情報とは、とりうるすべての選択肢が示され、それぞれの成否の可能性、得られる利益と起こりうる不利益・その可能性、その際に受けられるケアの内容が正しく提供されてはじめてなしうるものであろう。本報告は、報道の実態を調査したものとしても興味深いと同時に、患者が最善の治療・ケアを受けられるために必要な情報提供のあり方を問うものであり、情報を歪めるうえでメディアの関与の大きさを指摘している。
 わが国においても、「夢の新薬」と過剰な期待をあおったイレッサ報道にみられるように、治療効果ばかりが強調されることで、患者も医療者も過剰な期待を持つことになるだろう。次々と発表される「新しい」がん治療薬の「高い成功率」の報道に、治験や国内未承認薬の個人輸入による治療を希望する患者も少なくない。がん治療だけではない、タミフル、SSRIしかり、メディカリゼーション(医療化、病気づくり)にも通じる問題といえる。一面的な報道が科学を歪め、公衆衛生政策を歪め、患者の最善の治療・ケアを受ける権利を脅かすことになるということを、メディアは自覚すべきであろう。 (N)