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人種を対象とするメディカリゼーション(医療対象の拡大)に警戒が必要

2007-06-20

(キーワード: メディカリゼーション(医療対象の拡大)、人種、ビディル、イレッサ)

代表的な医学総合誌のひとつであるランセット誌369巻9562号(2007)が、「序論:21世紀におけるメディカリゼーション」を初め、他に5編の論考と1編の論説からなる「メディカリゼーション」特集を組んでいる。「メディカリゼーション」とは、医療化(医療対象の拡大)の意味で、今やその中心的な位置を占める医薬品投与対象の拡大では、医薬品販売促進のための病気づくりや薬漬けを意味する言葉である。

論説「メディカリゼーション: 医療(の専門家や制度への依存)によってもたらされる復讐・天罰(a medical nemesis) 」は、次のことばで始まっている。

“むかしむかし、多くの子どもたちが気ままであったり、おとなの
なかには内気な人がいたり、頭の禿げた人は帽子をかぶってい
た。今ではこれらのすべてが病名と診断基準をもった病気とされ、
治療に用いる選択肢が増えつつある”

そして、このメディカリゼーションの言葉を1975年に著書「脱病院化社会」で用い定着させたイヴァン・イリイチの写真が大きく載っている。イリイチ(1926-2002)は、オーストリア生まれの神学者・哲学者で、この著書において専門家の権威に依存する医療の中で、「医療が逆に患者を作る」という構図があることに警鐘を鳴らした。

ランセット誌の5編の論考はメディカリゼーションをめぐっての5つのトピックからなっており、表題は次の通りである。
  ・患者の力が増すことと最近のメディカリゼーションのジレンマ
  ・メディカリゼーションを超えて
  ・人種を対象とするメディカリゼーション
  ・欧州でDTCA(製薬企業による医療用医薬品についての患者・市民に対する直接広告)が実施されたら: 米国からの教訓
  ・HIV(エイズ)治療におけるメディカリゼーション

 ここでは、肺がん治療に用いられているイレッサでの例にもふれた「人種を対象とするメディカリゼーション」の要旨を紹介する。
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米国FDA(食品医薬品局)は、対象とする人種を特定した医薬品をはじめて販売承認した。うっ血性心不全を治療または予防するために、低下ないし枯渇した血中酸化窒素を回復するようデザインされた配合剤ビディル(イソソルビド・ジナトレートとヒドララジンとの配合剤、ニトロメド社、米国マサチューセッツ州)である。

この医薬品は最初から人種を特定してデザインされたものではない。初期の臨床試験は納得されるような効果を示さなかった。そしてFDA諮問委員会は賛成3、反対9で承認を否決した。サブ解析ではアフリカ系米国人での効果が白人での効果よりもかなり勝っていた。しかしサブ解析の結果は、将来に期待をつなげる手掛かりとしての仮説を示しているに過ぎず、確認の試験が必要である。しかし、FDAはそれを求めず、白人との比較がされないままに、心臓病をもっている黒人の男女での臨床試験成績だけでビディルを承認してしまった。

そして本剤は人種に特異的という特徴でもって特許期間を延長される。ニトロメド社は、45歳から64歳のアフリカ系米国人が、同年齢幅の白人よりも2.5倍心不全で死亡するといっている。しかし、45-64歳の年齢の心不全での死亡は、全体の心不全での死亡のわずかに6%に過ぎない。65歳以上が94%を占めるのである。しかも、その65歳以上ではアフリカ系米国人と白人での効果の違いはほとんど消えてしまうのだ。

人種に特異的でないもともとの本剤の特許は2007年に切れる。しかし、本剤を人種特異的にすることで、特許は2020年まで延長されたのだ。もっと大きな問題は、本剤の承認が人種を対象とするメディカリゼーションの先例となったことだ。

1991年に米国の黒人での調査で、高血圧の発生率が肌の色の濃さに比例するとの報告がされた。これに対しては、ブラジル、トリニダド、キューバではそうした明瞭な差がないことから、肌の色が濃いほど米国社会で受けるストレスが大きいのでないかという有力な反論がされている。生物学的な人種的差異を強調するには慎重でなければならない。

 人種的な差異が強調されている最近の例に、肺がん治療に用いられているアストラゼネカのゲフィチニブ(イレッサ)がある。イレッサがプラセボに勝る効果を示さない成績が得られ、FDAはイレッサを市場から撤去する検討を始めた。しかし、アストラゼネカは、サブグループ解析でアジア人には有意に効果があると主張し、イレッサの販売戦略をアジア諸国に置き始めた。

 人種の違いを強調する前に、効果的な医学的治療を行うためには、高血圧やがんといった疾患での、複雑な社会的要因の反映に引き続き注意する必要がある。                         --------------------------------------------------------------        
この「人種を対象とするメディカリゼーション」で言及されているイレッサのサブグループ解析の問題性について、当会議はイレッサを使用継続する「ゲフィチニブ使用に関するガイドライン」を作成した日本肺癌学会に公開質問状を送り、「日本人(東洋人)」を
「ゲフィチニブ(イレッサ)投与により利益(延命、症状改善、腫瘍縮小効果)が得られる可能性の高い患者群」とした根拠を明らかにするよう求めた(※1)。しかし、日本肺癌学会からはこの疑問に答える回答は得られていない(※2)。 (T)