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「ファルマゲドン(Pharmageddon)?」ー薬・医療依存からの復讐ー

2007-08-31

[キーワード:ファルマゲドン、Pharmageddon、 HAI、ソーシャル・オーディット、イリッチ、薬と医療、Pharma]

この奇妙な耳なれない言葉「ファルマゲドン(Pharmageddon)」は、オランダに本部がある民間の医療問題研究団体HAI(ヘルス.アクション.インタナショナル)のウエブサイトに掲載されている論説(07.7.17)のタイトルである(※1)。 Pharmageddon はPharma(薬、製薬会社)+Armageddon(善と悪の世界最終戦争)の造語と思われる。ある現象に新しい名前をつける事で、それまで見えていなかったその事象の内包する性格をあぶりだすことができる場合がある。この“ファルマゲドン”は私達に、薬と医学をとりまく現状を鮮明に伝えようとする新たな名詞である。この論説は薬と医学の側面から現代をみた文明批判ともなっている。本来、薬は人を苦痛から解放するものであった。そして、医学の進歩は私達の未来を約束するものと期待がかけられてきた。しかし、現状をみると、それらの進歩はファルマゲドンの様相を呈しているのではないかと、論説は言う。
 この論説は、およそ30年前に書かれた哲学者イヴァン.イリッチの考え方を受け継いでいる。彼は「医療専門家の権威が人々の健康に対する主要な脅威になっている」と喝破したが[註1]、当時は、彼の考えは社会に受け入れられなかった。しかし、イリッチの考え方の現代性についてチャールス.メダワー氏は、2002年の英国医学会誌が「その先見性は驚くべきものがある。1974年に急進的とみなされた考え方が、ある意味で現在の主流になった」と述べていることを指摘している[註2]。ランセット誌(2007年)でもイリッチの写真入りで取り上げており、本注目情報で既に紹介した(※2)。
 以下は、この論説の要旨である。
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 ファルマゲドンは「薬と医学がつくり出す一つの世界の全体像であるが、健康よりも不健康がつくられ、医学の進歩が利益よりも害を及ぼすような状況」と定義づけをしたところである[註3]。ファルマゲドンの危険性を調べ、どのような様相を呈しているのか、見てみよう。
ファルマゲドンの意味するものは、イリッチの主張と同じであるが、問題はずっと大きくなっている。イリッチは、メディカリゼーション(医療化、病気づくり)によって医療の権威が人々から健康を取り上げてしまい、人が苦しみや障害に、そしていかに死に向かうかというようなまともな人間らしい対応をできなくさせていることを憂慮した。彼の時代に比べて今は、医療の形態が、知識のレベルでもその応用面でも全く変わってきている。イリッチが、脅威であると指摘した医療の権威は今や製薬企業に支配されるようになってきている。 医薬品の研究、規制、処方、利用率、使用法に関する方向性は製薬企業に支配されている。先導の“Pharma(製薬会社)”は人々のライフスタイル、福祉や保健に大きな影響力を持ち、彼らの興味と投資が医療の本質を左右するほどになっている。
ファルマゲドンの提唱は、世界の健康状態が巨大な不毛の荒野になることを嘆く哀歌でもあるー この荒野は薬と医学がそこにある力もエネルギーもすべて使い果たした結果成し遂げたものだ。これは、偶然に起こっているわけではなく、モラルでは防御できない。
ファルマゲドンの特徴は、過剰と不足の対比でも表わすことができる。豊かな国の過剰医療と貧困な国の医療不足とはコインの表と裏のように密接に関連しており、肥満と栄養失調としてあらわれる。アメリカはその豊かさによって引き起こされる病に悩まされているが、そのわかりやすい例が肥満と糖尿病である。彼らは、治療の選択肢のすべてを検討したにもかかわらず、そしてそれ故にでもあるが、十分な運動を行い正常な体重を維持して、栄養のある食事をし禁煙している人は20人に1人もいないのである。
 今述べたどれをとっても、ファルマゲドンという考え方を当てはめるのは難しいように見えるかもしれないー それはちょうど数年前気候変動の脅威の考え方がそうであったと同じである。事の全体像を見た時に、そこに悲劇が予測されたとしても、それが善意やすぐれた才能から生み出されたものである場合には、あるいは多大な有益性や貴重な特権など数えきれないほどの利益を享受した結果から生ずる場合には、危険性はないと否定されてしまうのが普通である。そして、医療は私達にとって特に貴重な利益であるがゆえに、ファルマゲドンという概念は個人の既得利益と衝突し人を不快にさせるものである。
気候変動の考え方と健康の破局の考え方の間には類似点がある。車の旅は、気候変動の原因となるが、ドライバーは運転中それを自覚することはほとんどない。それと同じように、個々人の薬についてのほとんどの経験の中にファルマゲドンを認識しようとしても矛盾してしまう。類似性を理解してもらうためには、“薬”の“旅”のすべてが“健康”すなわち“環境”に変動をきたすという図式にしなければならない。たとえ多くの“薬”の“旅”が価値があり命を救うものであってもである。良い医学の利益のすべてを勘案しても、また勘案したが故にこそ、我々は健康の意味や見通しを急速に失ってしまっていないか全体的に考えることが大事であろう。

大企業が、彼らの大部分のエネルギーを真に必要な薬を探索するよりもライフスタイルづくりに注いでいるというこの勇敢な新世界をのぞいて見よう。“Pharma(製薬会社)”と従者達は、人間的であるとはどういうことかという私達の経験や理解を自動的に変えてしまい、異なる文化の差異をのっぺらぼうにし、蓄積された臨床経験を破壊し、大量の薬を開発するがほとんど無用にもかかわらず、すべては最良だと豪語する。とどのつまりは、人々が健康を維持できるようなシステムは押しつぶされてしまうということである。
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 私達ひとりひとりにとって利益になるものが、実は大きな視点で見ると私達自身を破局に導いているのではないか、というこの論説の主張するファルマゲドンという世界は、日常においてはとても見えづらいものである。個人の生き方や何を選択するかといった個人的な問題でしかないと思われがちである。HAIでは、2008年8月「ファルマゲドンに関するカンファレンス」を開催する事を予告し、多方面の人々に参加を呼び掛けている(※3)。矛盾を含んだように感じられるファルマゲドンという概念の理解を深め、危険性を回避するための第一歩をふみだすための会合にしたいとしている。危険性の特徴を示す例だけでなく、危険性がまったくないと感じとれる例なども含めて発表を歓迎している。 (Sa)

 註1. イヴァン・イリッチ著「脱病院化社会:医療の限界」(1976年、邦訳は1979年、晶文社)。イリッチは、健康とは、個人の自律性、尊厳、自負が保たれるような環境で、個人が物事にたいして責任ある対処ができるときの状態だといっている。

註2. チャールズ・メダワー&アニタ・ハードン著「暴走するクスリ?」(2004年、邦訳は2005年、医薬ビジランスセンター)P325

註3. 2007年4月23日ロンドンで、7人が集まってファルマゲドンに関する会合をもち、この定義ができた。出席者は、グラハム・デュークス、アンドリュー・ヘルクスハイマー、デーヴィッド・ヒーリー、チャールズ・メダワー、スザン・パウエル、チム・リード、ドナ・シャーペ。