注目情報

  1. ホーム
  2. 注目情報

「高齢者を患者にしてしまうな」

2009-05-14

(キーワード:高齢者医療、メディカリゼーション、QoF、相対危険率、絶対危険率、ガイドライン)

 心臓専門医が家庭医に向けて呼びかけた記事で、英国医師会誌(BMJ)2009年3月3日Online 版に掲載された投稿である。筆者は英国エディンバラ大学心臓学の名誉教授。以下に紹介する。

………………………………………………………………….  
 75才以上の多くが、自分は健康だと思っていても、家庭医から、高血圧だ、糖尿病だ、高コレステロールだと診断を下され、“薬の服用”となる。しかし、個々人の実際に即した利益とリスクのバランスがほとんど考慮されることがない。個々人の危険因子を治療しようとするとき、実際の利益がどれほどあるのかエビデンスを深く見る必要がある。ガイドラインは検査と治療のための“命令書”ではない。
 多くの多忙な家庭医はガイドラインなどが示している相対リスクの減少と絶対リスクの減少の意味を理解していないようである。たとえば、ある錠剤の服用は、疾病リスクを25-35%減少させると記述されていれば、彼らはこのリスク減少の数値に信頼をおいて、すべての人を検査して治療することが必須であると思っている。しかし、このリスクの減少は相対リスクであり、絶対リスクの減少から見ると単に、1-2%かもしれないということを見落としてしまっている(訳註1)。絶対リスク減少が小さい場合には、統計的にみれば、たとえば、一人の脳硬塞を予防するのに75人が薬物治療を受けるといったことになる(NNT=75)。高齢者には予防行為が不適かもしれないし、有害かもしれない。
 このような治療や診断が行われる原因はいくつかある。ガイドラインに対して狂信的あるいは無批判であること、政府の保健経済の要求、製薬企業からの圧力などがある。また、”QoF”と呼ばれるシステムでは(訳註2)、官僚的な複雑な記録書類の提出の要求が医師に対して過剰診療、過剰治療を、そして患者には不必要な不安をひきおこしている。
およそ30年前に哲学者のイリッチは、このような状況を「病気づくり(medicalization of health)」と呼んでいる(訳註3, ※1 )。

……………………………………………………………………… 
 年令相応な“老化”に“病い”のレッテルをはりつけ、克服すべきものとしていることを、“医学の進歩”と受け止める傾向がある。しかし、医療現場の個々人を見た場合、不必要な薬を、あるいは当人にとってベネフィットが定かではない薬の服用を強いられている現状があることを、もっと知るべきだろう。  (ST)
 

訳註1 例で示すと分りやすい。例えばある薬で、対照群と治療群について脳硬塞の発症が、それぞれ300人中3人、300人中2人であったとする。この場合、対照群の発症率は0.01[=3/300。Cとする。]、治療群の発症率は0.007[=2/300。Tとする。]である。すると,治療による相対リスクの減少 [(C-T)/Cで算出される。]は0.3[=(3/300-2/300)/(3/300)]になるのに対して,絶対リスクの減少( C- T )は、0.003[=3/300-2/300]となる。そして,この場合、一人の発症を予防するために治療を受ける必要がある人[1/(C- T)で算出される。]は、333人[=1/(3/300-2/300)]となる。
  
訳註2 “QoF” は“Quality and Outcome Framework”の略。英国ではNHS(国民医療サービス)の一般医への診療支払いが、関連する支払いと一緒に各々の診療記録が査定されポイントが与えられ、それにも報酬がでる仕組みになっているようである。

訳註3 イヴァン・イリッチ著「脱病院化社会:医療の限界」(1976年出版、邦訳は1979年、晶文社)