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岐路に立つ承認された医薬品の臨床試験データ公開の行方

2017-07-18

(キーワード: 新薬臨床試験データ公開、EMAがFDAに先駆けて実施、新薬臨床試験データは公共財産か企業財産か)

 欧州医薬品庁 (EMA) が懸案の新薬臨床試験データ公開を2016年10月20日に行った。公共アクセスが可能なウェブサイトにオーファン医薬品(多発性骨髄腫治療剤) 、痛風治療剤 の2品目の臨床試験報告が公開され、公表された26万ページの情報の内、企業秘密として保護されたのはわずか2ページのみであった。画期的なことだが、これに関連した新薬臨床試験データ公開は企業利益を侵害するとの製薬企業の欧州裁判所への提訴に対し、下級裁判所がこれを認める公開差し止めの判決をくだし、その影響が注目されている。

 JAMA電子版2017年2月20日号がこれらの事柄を扱った「欧州医薬品庁 (EMA) と新薬臨床試験データの公開 −米国FDAにとっての挑戦」の記事を掲載している(※1)。筆者は米国バルチモアのジョーンズ・ホプキンス公衆衛生大学院のデービス、ミラーの両氏である。要旨を紹介する。
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 米国食品医薬品庁 (FDA) は何十年にもわたり国際的な医薬品規制の標準であった。1962年にサリドマイドの悲劇に対応して、議会はFDAに医薬品の有効性を、資質のある専門家によってなされた「臨床研究を含む適切で十分にコントロールされた研究」に基づいて評価するよう命じた。この議会による法規の後ろ盾のもとに、 FDA はそれ以来ずっと世界の臨床試験事業を導く行政規制を生み出してきた。例えば、あらかじめ詳細を定めるプロトコール、プラセボ (擬薬)またはアクティブコントロール(陽性対照)、患者のインフォームドコンセント(十分説明を受けた上での合意)などの必要性、「相」 (Phase)による臨床試験の段階的管理などである。

 しかし、欧州連合(EU)におけるFDAに相当した存在である欧州医薬品庁 (EMA)が、行政の透明性の領域で、これらと等しく重要な新薬臨床試験データ公開をFDAに先んじて行ったのである。

 2010年にEMAはそれまでの方針を変更し、限られた企業秘密情報以外のすべての臨床試験情報を公開するとの方針を明らかにした。それ以来EMAは臨床試験報告を含む200万ページ以上の行政情報を公開してきた。そうした中で公開がなければできなかったオセルタミビルのコクランレビューが行われ、オセルタミビルについての議論が活発となった。

 2014年にEMAはさらに一歩を踏み出し、2015年1月1日以降にEMAに提出され、その後承認・却下・撤回された医薬品の販売承認申請資料に関連したすべての臨床試験データをオンライン公開する政策No.0070を採択した。EMAは通常の臨床データは商業秘密情報に該当しないとの見解を示したのである。2016年10月の2品目の臨床データ公開もこの政策No.0070の延長線上にある。

 一方この政策No.0070はいま法的に不安定な状況下に置かれている。2016年7月にEU下級裁判所(EU General Court)は、PTC製薬の臨床試験報告は商業秘密情報であるという主張を認め、政策No.0070の差し止め命令を出した。EMAはこの決定に対し上訴中である。この訴訟がPTC製薬の勝訴となれば、実際上EMAは政策No.0070の遂行ができなくなり、2010年以前の状況に戻ることを余儀なくされる。一方EMAの勝訴となれば、2015年1月以降に申請された新薬の臨床試験データはすべてオンライン情報公開される。

 FDAが直面しなければならないのは、米国で承認された新薬の臨床データについてもその公開については同様の状況におかれているということである。FDAは最近臨床データが商業秘密情報であると考え、EMAはそう考えないと足並みが一致していない。この問題は公衆衛生の重要な問題であり、臨床データは公開できるのか、そうであればどのような条件で可能かなど明確な司法判断が求められている。

 2009年、FDAのマーガレット・ハンバーグ長官は、情報公開の推進のため透明性タスクフォースをスタートさせた。2010年に出されたタスクフォースのレポートは、臨床試験報告を含むサマリー(要約)ではない安全性有効性データの情報公開が、研究のコストを減じ、効率を増すなどで重要な公衆衛生上の便益をもたらすことを述べ、関係者の幅広いディスカッションを呼びかけた。このディスカッションは欧州でも重要ですぐに行われる必要がある。臨床試験報告がEMAのウェブサイトで継続して行われるならば、FDAのとっている立場は成り立たないものとなる。これは、医薬品の評価と規制において世界でのリーダーであったFDAにとって不幸なことである。
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 日本では、情報公開請求を行っても、多くの情報が商業秘密としてマスキングされ、墨で塗りつぶされた情報が「公開」される現実がある。ここに書かれているようにEMA(欧州医薬品庁)が承認・却下・撤回された新薬のオンライン情報公開を行い、その実例で20万ページの情報のうち商業秘密として公開されなかった部分がわずか2ページというのは、文字通り画期的ですばらしいことである。製薬企業が関連した訴訟を行っているようであるが、EMAの臨床試験データ公開が維持され、医薬品規制をリードしてきたFDAもこれに続くことを願っている。   (T)