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患者や医療保険は何のために高価な糖尿病経口治療剤の費用を支出しているのか

2015-09-28

(キーワード: 糖尿病治療剤、シタグリプチン、プラセボ対照ランダム化比較臨床試験、差がない患者アウトカム)

 糖尿病治療剤の本来の使用目的は、高血糖の持続などによる大血管合併症(冠動脈疾患、末梢血管疾患、脳血管疾患)ならびに微小血管合併症(網膜症、神経症、腎症)の防止にある。しかし、これらを臨床試験で実証するには長い年月を要するとして糖尿病治療剤は、代替エンドポイント(効果の指標)である高血糖値の低下(ヘモグロビンA1c値の低下)で承認され販売されている。しかし、ヘモグロビンA1c値の低下が実際に血管合併症の抑制につながるというエビデンス(科学的証拠)は乏しく、とりわけ大血管合併症の抑制では皆無に近い状況にある。

 逆に、糖尿病経口治療剤の臨床試験で大血管合併症のリスク増加を疑わせるデータが問題となった。米国食品医薬品庁(FDA)は2008年、経口治療剤「アバンディア」(一般名ロシグリタゾン)が心血管リスクを増加させるとの結果を重くとらえ、糖尿病経口治療剤にその安全性に関し、心血管リスクが一定基準内にあるというランダム化比較臨床試験(RCT)成績を求めるようになった。

 FDAに先行提出された2つのDPP4阻害剤(サキサグリプチン、アログリプチン)のデータで、全体的には基準内ではあるものの、心不全による入院を増加させるのではという懸念が生じ、今回の最も頻用されているDPP4阻害剤である「ジャヌビア」(一般名シタグリプチン)での結果が注目されていた。

 このジャヌビアの「TECOS」試験の結果について米メルク社は2015年4月27日、安全性の主要評価項目を達成し、心不全による入院も増加させなかったと発表した(※1)。これらの詳細は2015年6月8日にNEJM誌電子版に論文掲載されると同時に、米国糖尿病学会(ADA2015)の最大収容人数を誇る大会場で華々しい演出のもとに発表され、話題を呼んだ。論文は引き続きNEJM誌2015年7月16日号に冊子体掲載されたが(NEJM2015; 373: 232-42)、その内容の実体は企業や学会による華々しい演出とはかけ離れたものとなっている。その要旨を以下に紹介する。
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 既存の糖尿病経口治療剤1-2剤投与によりヘモグロビンA1cレベルが6.5%から8.0%と高値で心血管疾患をもつ50歳以上の2型糖尿病患者14671症例に、追加治療としてジャヌビアまたはプラセボをランダムに割り付けた。

 中間値フォローアップ期間で3年間比較した結果、ヘモグロビンA1cレベルはジャヌビアが0.3%有意に低かった。しかし、プライマリー複合エンドポイント(心循環関連死、非致死性心筋梗塞ないし脳卒中、不安定狭心症による入院)はそれぞれ11.4%、11.6%と両群に差がなかった。統計的にジャヌビアはプラセボと比較し非劣性ではあったが、プラセボに勝ることはなかった。心不全による入院はともに3.1%であった。

 細小血管性合併症(糖尿病性眼疾患、神経疾患、マイクロアルブミン尿、腎不全)の結果は、論文本体ではなくインターネットにAppendix(追加資料)として示されているが、ジャヌビアはプラセボと変わらなかった。

 通常の治療へのジャヌビアの追加は、大血管合併症の心血管リスクを増加させず、類似薬で問題となっている心不全による入院も増加させなかった。また他の有害イベントも増加させなく、ジャヌビアの心血管リスクでの安全性(服用により心血管リスクを増加させない)が示された。
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 この論文の結果は要するに、ジャヌビアは糖尿病経口治療剤の本来の目標である大血管合併症、細小血管合併症に対する効果でプラセボと何ら変わらなかったということである。ジャヌビア(MSD社)はDPP4阻害剤のトップ製品で、薬事ハンドブック2015によれば、2013年に730億円の売り上げがあり、同じシタグリプチンの製剤であるクラクティブ(小野薬品)355億円を合わせると、シタグリプチン製剤は1085億円の売り上げがある。

 企業は心血管系への安全性が証明されたと大々的にアナウンスしているが、この医薬品の役割は何なのだろうか。患者や医療保険は何に多額の支出をしているのだろうか。       (T)
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関連資料・リンク等