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米国・カナダで診療ガイドライン作成メンバーに利益相反が蔓延している

2012-08-23

(キーワード:利益相反の蔓延、バイアスのかかった推奨、作成プロセスの質、政府資金)

英国医学雑誌(BMJ2011年10月号 ※1)に、マウントサイナイ医科大学予防医学部門Jennifer Neuman氏らによる、診療ガイドライン作成メンバーの利益相反に関する研究論文が紹介されている。2000〜2010年に米国とカナダで作成された臨床ガイドライン作成者の利益相反について調査した横断的研究で、高脂血症と糖尿病のスクリーニングや治療に関する14のガイドラインを調査対象としたものである。以下に要約を紹介する。
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臨床医と企業の利益相反が広く存在していることは、すでに20年以上も前から問題となってきている。利益相反の存在が憂慮される領域のひとつは、診療ガイドラインの作成であろう。ガイドラインは、ケアを標準化し、エビデンスに基づく治療の情報を提供し、ひいては患者を守るものであるから、バイアスがかからないことは、特に重要なのだ。ここ10年の間に、ガイドラインを作成するほとんどの機関が利益相反開示の方針をとり、開示フォームによる宣言を実施してきているが、透明性は達成できていない。そして、利益相反をただ開示するだけでは、診療における推奨に影響を及ぼすバイアスを十分に防げない。我々は、ガイドライン作成に加わった専門家の、相当数が利益相反を有しているだろうと考え、対象人口が多くそれらの薬剤に多額の薬剤費が支払われている、高脂血症と糖尿病の14のガイドラインについて調査した。

具体的には2000年から2010年に作成された糖尿病と高脂血症のガイドラインをナショナルガイドラインクリアリングハウス、MDコンサルト、アップツーデートから抽出し、それらのガイドライン作成組織のウェブサイトで利益相反の有無を調査した。利益相反の特定は、各メンバー自身の申告と、ガイドラインまたは添付書類に利益相反がないと申告しているメンバーについては、文献検索データベースMedlineで全出版物を検索して、ガイドライン公表年から2年前までの利益相反がないかどうかを調べた。Medlineでみつからない場合は、インターネットのグーグル検索により、専門家の名前と企業の主力薬品と結びつけて検索した。ガイドラインの作成国の内訳は、カナダ3、米国11、作成機関は、医薬専門機関が4、学会2、政府出資機関6、非営利組織が2である。作成に加わった専門家のべ人数は288人である(実人数は265人で23人の重複がある)。

その結果、288人のガイドライン作成メンバーのうち150人(52%)に利益相反があったが、12人は申告しておらず、うち4人は作成機関が申告を要求していなかった。ガイドライン作成機関がメンバーの利益相反を公表しているのは半数の7(メンバー人数211人)で、そのうち6ガイドラインは代表者に利益相反があった。ガイドラインの性格別にみると、政府出資のガイドラインメンバーの利益相反は16%で、他機関の69%と比べて有意に少なかった。利益相反の多い医薬専門機関の中でも米国58%に対しカナダは83%と有意に多く、政府出資のガイドラインについてもやはりカナダがより多かった。糖尿病と高脂血症とでは統計的な差はなかった。

ガイドライン作成メンバーに利益相反がこれほどに広がっているということは、ガイドラインの独立性と、作成の目的について疑問を提起しているということだ。我々の調査結果は、米国とカナダにおけるガイドライン全般についてあてはまるものであり、利益相反の開示が不完全であることを暴露し、ガイドラインの資金提供と利益相反との関係を際立たせた。これは10年以上前の研究の、ガイドラインの中に、その製品が含まれあるいは考慮されている企業からの資金提供が許されていた頃の、著者の59%に見られたという結果とよく似ている。現在の方が、開示要求が高まっているにも関わらず、利益相反が依然として変わらないということは、透明性の担保がガイドラインの利益相反減少にはつながっていないことを示唆している。
政府資金によるガイドラインは、透明性が不十分だが利益相反は少ない。作成メンバーの多くが利益相反のない専門家の中から選ばれていると考えられた。一方、医薬専門機関によるガイドラインは、作成メンバーの利益相反はごく一般的であり、作成の方法論的な質も低い。しかし、これらが米国とカナダのガイドライン集に一定の貢献を果たしており、非政府機関によるガイドラインの40%を占めている。北米にとどまらず国際的な広い影響をもたらす可能性もある。医薬専門機関のガイドライン作成メンバーの間にひろがる、利益相反の高度な蔓延と、厳格さに欠ける作成のプロセスは、独立性とEBMの推奨に、悪い影響を与える可能性がある。
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研究発表において利益相反を開示することは、各種医学雑誌、医学雑誌協会が開示ルールを制定するなど、国際的な動向として定着しつつある。わが国においては、「厚生労働科学研究における利益相反の管理に関する指針(2008年3月31日通知)」が、公的研究の公正性、信頼性の確保を目的として、諸外国から大きく立ち遅れてスタートし、審議会・検討会等に参加する委員の利益相反を規律する規定「審議参加と寄付金等に関する基準」も、ルールの厳格さや開示対象・範囲等に関しての不十分さがあるものの、2008年に整備されたところである。しかし、診療ガイドラインの策定においては、厚生労働省が主宰する研究班のほか、大半は各学会が策定しており、推奨のバイアス回避に必要な利益相反の透明性確保と実効性は疑わしい(※2)。診療ガイドラインは、臨床医の処方行動に絶大な影響力を持つことから、その独立性、公正性、根拠性(科学性)は、必須要件であろう。また、研究者個人の利益相反だけでなく、学会など組織と製薬企業の経済的結びつきは、「産官学連携」の強化策により、より深く強固となっている。学会等が診療ガイドライン策定に関わって、関連する薬剤を販売する製薬企業からの資金提供は、当然のように行われ、製薬企業にとっては、ガイドラインの「お墨付き」という有力な宣伝材料を得て販売促進活動を展開するという構図が成り立つのである。
J.Neuman氏らは、政府資金によるガイドラインが、専門機関や専門家団体が策定するものより利益相反がずっと少なく、質の高い方法により策定されていることを指摘している。わが国においても、ガイドラインの公的性格を踏まえ、策定過程における透明性確保のための共通の指針を設けるとともに、資本と独立した機関によるガイドライン策定あるいは吟味などのしくみが求められる。臨床現場においては、「ガイドラインの研究・評価用チェックリストAGREE(※3,4)」なども参考に、患者の視点で診療ガイドラインを吟味する視点を強めたい。(N)
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