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肺癌治療での維持療法をめぐる議論

2011-01-28

(キーワード: 肺癌、化学療法、維持療法、一次治療、二次治療)

 癌の化学療法では、最初に行う治療を1次化学療法(ファーストライン治療)といい、1次化学療法が無効だった場合や、腫瘍縮小効果はあったがその後経過をみているうちに癌が再発したり大きくなってしまった場合に行うのが2次化学療法(セカンドライン治療)、さらにその後に行うのが3次化学療法である。近年はこれらに加え、維持化学療法(以下、維持療法)という考え方が注目され始めている。たとえば米国では、ベバシズマブ(製品名アバスチン)、ペメトレキセド(アリムタ)、エルロチニブ(タルセバ)による非小細胞肺癌での維持療法が承認適応として認められている(日本では白血病治療での維持療法以外、維持療法が承認適応となっている化学療法はない)。この維持療法というのは、一次化学療法でいったん癌が退縮した患者に対して、その後癌が復活(再発、悪化)してくるのを待たずに、今のうちに癌にもう一撃を加えておこうという考え方に基づいている。維持療法の有効性を検証するための臨床試験はこれまでも行われてきているが、結果は期待されたようなものではなかった。たとえば、非小細胞肺癌患者に化学放射線療法とドセタキセルによる治療を行った後に、ゲフィチニブでの維持療法を行う場合とプラセボとを比較した第3相試験のSWOG S0023試験があるが、このS0023試験ではプラセボ群よりもゲフィチニブ群のほうが生存期間が短縮する傾向が認められ、試験は途中中止となった経緯がある。
 しかし昨年から今年にかけて、維持療法により無増悪生存期間や全生存期間の改善がみられたとする試験結果が報告されてきている。毎年5月末〜6月初めの時期に開催される米国臨床腫瘍学会(ASCO、2010年は6月4〜8日)でも、維持療法の有効性に関する複数の演題発表があり、維持療法の重要性が強調された。
 しかし,スコット・ラムゼイ氏による教育講演では維持療法にかかるコストの高さをとりあげ、費用に見合った生存利益が得られるのか、との問題提起もなされている。

 2010年9月13日付のピンクシートには「維持療法は非小細胞肺癌治療で使われるか? 専門医による費用と便益の比較考量」と題する記事が掲載された。以下にその概要を紹介する。
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 維持療法は、初回治療後の患者に対し、再発や進行予防のために行われる化学療法で、「早期2次療法」、「スイッチ維持療法」、「地固め療法」と呼ばれることもある。
 2010年米国臨床腫瘍学会(ASCO)の年次総会では、多発性骨髄腫に対するレナリドミド(レブリミド)による維持療法と濾胞性リンパ腫に対するリツキシマブ(リツキサン)での維持療法の効果が注目をあびた。しかし非小細胞肺癌治療における維持療法については毒性や追加費用の点なども含め、その有用性については賛否両論あり、議論が残るとされた。
 ノースカロライナ大学チャペルヒル校の腫瘍内科医トーマス・スティンクコーム氏は「維持療法には、患者が初期治療の毒性の影響から回復する機会を失わせ、また休薬期間に旅行を楽しむ機会も奪うという側面もある。」と指摘する。また同氏は、非小細胞肺癌での維持療法を支持する結果が得られたとされる4つの第3相臨床試験のうち2試験(ペメトレキセド、エルロチニブの維持療法に関する各1試験)では全生存期間が統計学的にも有意に改善したが、残り2試験(ドセタキセル、エルロチニブ+ベバシズマブの各1試験)では無増悪生存期間の有意な改善は認められたものの、全生存期間では改善傾向のみであり統計学的に有意な改善は得られなかったとして、「維持療法は治療選択肢の一つになりうるかもしれないが、標準治療として位置づけるかどうかはまだ議論が必要だ。」と主張している。
 またフレッドハッチンソン癌研究所のスコット・ラムゼイ氏はその教育講演において「治療の費用対効果は、従来治療に比べてどれだけ(無増悪生存期間ではなく)生存期間の延長が見込めるのか、そのための追加費用はいくらかによって評価される。非小細胞肺癌の場合も、費用に見合う効果が維持療法で得られるのかを検討すべきである。」と指摘している。
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 癌に対するより積極的な治療方針ともいえる維持療法は、実質的な生存期間の延長がもたらされるならば、それ自体は患者にとっての利益となり得る。しかし維持療法が患者にもたらすものとしては、高額な治療費の負担や化学療法に伴う副作用というデメリットも考慮する必要がある。また維持療法の適応拡大はすなわち、製薬企業にとってはより利益をもたらす方向への治療方針の新たなシフトを意味するという見方も可能である。維持療法の妥当性、特に非小細胞肺癌での維持療法については、今後さらに検討される必要性があるといえそうである。 (Y)

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