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イレッサ訴訟「下書き」提供問題

1 イレッサ訴訟「下書き」提供問題とは

薬害イレッサ訴訟において、2011年1月7日、東京地裁及び大阪地裁は、被告アストラゼネカ社と被告国に被害者を救済する責任があるとする内容の和解勧告を行った。これに対し、日本医学会高久史麿会長、日本肺癌学会等が勧告を批判する見解を公表し、被告国は、医学界に異論があることを理由の一つとして、和解勧告の受け入れを拒否した。
ところが、その後、日本医学会高久会長に対して、厚労省職員が和解勧告を批判する内容の声明文案(下書き)を提供して、見解の公表を要請していたことが発覚。厚生労働大臣の指示により厚労省内に設置された「イレッサ訴訟問題検証チーム」の調査の結果、厚生労働省は、6つの学会に見解公表を要請し、うち4学会に対して下書きを提供していたことが明らかとなった。

2 取り上げた経緯

産官学の癒着は、わが国で繰り返される薬害の原因として、つとに指摘されてきた。イレッサ訴訟「下書き」提供問題は、わが国の学会と行政の不健全な結びつきを示す事例として重要であるとともに、従前より当会議が問題としてきた、肺がん専門医の利益相反にも関連する問題でもあることから、これを取り上げることとした。

3 何が問題なのか

  1. (1) 調査報告書の問題点
    1. ① 調査対象が不十分
      調査事項が厚生労働省関係者の学会に対する要請に関する事実関係に限定されており、厚労政務三役の関与・認識、アストラゼネカ社の関与、学会以外の個人・団体に対する要請の有無・内容などが調査されていない。
    2. ② 非常識な結論
      調査報告書は、要請は「国民一般に対して、従前の施策の正当性を広報し、その信頼感を高めようする」もので、「通常の職務の執行の範囲内」であるとした。しかし、秘密裏に学会に働きかけ見解を公表させる行為を「広報」とは言わない。
      また、学会に声明文案を提供した行為は「過剰なサービス」で「公務員として行きすぎた行為」だが、働きかけの結果「学会や個人から公表された見解自体に、不当な影響力ないし圧力が及んでいたとは認められない」としたが、下書きと見解の類似性や、要請から短期間で見解が公表されていることなどから、厚労省の影響力は明らか。
    3. ③ 不十分な情報公開
      調査報告書では、要請を受けた学会名や、学会関係者の氏名等が匿名とされている。
      また、厚労省が行った要請内容の詳細など、具体的事実が明らかとされていない。
  2. (2) 学会の問題点
    1. ① 見解作成手続に疑問
      見解を公表した3学会(日本肺癌学会、日本臨床腫瘍学会、日本血液学会)は、いずれも、厚労省の要請を受けてから5〜6日という短期間で見解を公表しており、理事会の手続を経ることは不可能。また、見解の内容も「下書き」と類似している。
      学会内部の適切な審議検討を経た見解であるのかきわめて疑問。
    2. ② アストラゼネカ社の関与に関する疑問
      2011年1月24日に学会等の見解が公表されると、同日アストラゼネカ社が和解勧告の拒否を発表しており、後述の専門医と同社のこれまでの関係に照らしても、アストラゼネカ社による何らかの関与がなかったのか、明らかにされるべきである。
    3. ③ 利益相反
      イレッサについては、これまでに、多くの専門医とアストラゼネカ社の経済的関係の存在が明らかとなっている。
      本件各学会見解はアストラゼネカ社の主張に概ね沿うものとなっており、学会及び作成に関与した学会理事等と同社の経済的関係が明らかにされるべきである。

4 基本的な行動方針

  1. (1) 具体的事実関係を明らかにすることを求める。
  2. (2) 利益相反を明らかにすることを求める。
  3. (3) 本件を契機に、医学界と行政との関係の在り方を問い直す。

5 具体的行動

  1. (1) 情報公開請求
    2011年6月24日、調査報告書の基礎となった調査資料等について、情報公開法に基づく情報公開請求を行った。しかし、開示された文書のほとんどの部分が黒塗りされたものであったことから、同年10月20日、これら不開示部分の開示を求める訴訟を東京地方裁判所に提起した。
  2. (2) 学会に対する要望書
    2011年10月20日、厚労省の要請を受けて学会としての見解を公表した日本肺癌学会、日本臨床腫瘍学会、及び日本血液学会に対し、それぞれの見解の作成経緯の調査に関する要望書を提出。
    第三者を含む調査委員会による調査の実施と結果の公表、利益相反の開示等を求めた。
  3. (3) 日本学術会議に対する要望書
    2011年10月20日、日本学術会議に対し、「薬害イレッサ訴訟和解勧告にかかる『下書き』問題の調査に関する要望書」を提出。
    日本学術会議による調査と、学術団体と行政や企業との関係の在り方についての日本学術会議としての見解の公表を求めた。

6 行動の結果と今後の課題

上記要望書に対する学会等の応答は全くない。
情報公開訴訟においては、提訴後、厚労省が従前の一部開示決定を変更し、当初不開示とされていた部分の一部が開示され、厚労省が学会以外の専門家団体や患者団体に対しても幅広く見解公表を要請していたことなどの新事実が判明した。
しかし、2013年10月29日になされた1審判決は、当会議の請求をすべて棄却するものであった。1審判決は、本事件の真相解明の必要性を軽視して、厚労省と学会等の利益を過度に擁護し、既に公となっている情報すら不開示を相当とする、きわめて不当な判決であったが、2014年10月9日の控訴審判決も、1審判決を踏襲して控訴を棄却した。そのため、2014年10月22日に上告している。