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現代的な「ゴーストライティング」に対し有効で適切な対処が必要

2017-07-18

 (キーワード:「ゴーストライティング」、医薬品マーケティング、メディカルライティング企業、企業倫理)

 メディカルライティングビジネスの隆盛のなかで、「ゴーストライティング」が様変わりしている。製薬企業の求めに応じ、これらのメディカルライティング企業は単に論文を見栄えの良いものにするにとどまらず、製品の販売拡大に役立つ様々な文書のプラニング、内容に至るまで高度なプロフェッショナルサービスを提供する。「ゴーストライティング」問題に関しては、多忙な医師だけでは臨床試験論文はできず、プロの医学ライターが関与することで良い論文ができるとの主張もあり、適切な対処が求められている。

 「ゴーストライティング」問題について当会議注目情報では、2007年5月から2012年2月の間で11回にわたりとりあげてきた。「ゴーストライティング」の弊害のあらわれとしては、「グラクソ社が、パキシルの販売促進のため、『ゴーストライティングプログラム』を使用していた」との裁判記録の存在などを紹介した(※1)。また、当会議トピックスでは、パキシルの有効性・安全性の強調などに利用されるメディカルライティング企業の実例などについてヒーリー教授の講演内容の紹介(※2)を行った。

 「ゴーストライター」問題に関する対策として注目情報では、国際医学誌編集者委員会(ICMJE)が1985年以来、論文の著者資格(Authorship)についてのガイドラインを示して来たこと(※3)、米国製薬協が新ガイドラインを制定したこと(※4)、日本製薬協が米国・欧州・国際製薬協とともに臨床試験論文出版についてゴーストライター禁止などの方針を表明したこと(※5)、プロスメディスン誌がICMJEガイドラインではこの問題への対処が不十分と指摘したこと(※3)等を紹介してきた。

 この「ゴーストライター」問題については、その後目立った情報がなかったが、BMJ誌電子版2016年8月30日号に、カナダ・トロントの独立コンサルタントであるAlastair Matheson氏が、「ゴーストライティング:定義と現代的な医薬品マーケティングにおける位置づけの重要性」と題する論文で、有効で適切な対処が必要との論陣を張っている。以下はその要旨である。
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 ゴーストライターについてオックスフォード英語辞典 (2015)は、「名前が明記される他の著者のための文書作成を仕事とする人」と定義している。製薬企業とその代理人は医師研究者のために、ライターを使って文書を用意する。これが1990年代から2000年代はじめにかけて、ジャーナル編集者と業界でゴーストライティングとして普通に理解されていた。しかし現在では業界は脚注に名前があればゴーストライターではないとする別の定義を広めようとしている。

 業界団体である国際医学出版専門家協会は「ゴーストライターとは、医学出版物に実質的に寄与するが著者として名前があげられておらず、その寄与についても謝意を表されていない人である」と述べている (2010)。業界擁護ユニットである国際出版専門家同盟は「ゴーストライターとは、論文を書くがその名前は論文に載らない人である」と述べている (2013)。これらの定義では、何らかの謝意を表されていればゴーストライターには該当しない。

 実例として、バイアス(ゆがみ)があるゴーストライティングの使用で批判されているパロキセチン(パキシル)をみてみよう。352研究には記載がないが、評判の悪い329研究では最後の部分に小さな字で「Sally K Laden, MSにより編集アシスタンスが提供された」との記載がある。伝統的な定義では両方ともゴーストライティングに該当する。しかし、上記の業界定義に従えば329研究は目立たなくとも記載があるとしてゴーストライティングとはならない。

 新たな定義の根拠としてあげられているのは、1) ゴーストライティングの本質は秘匿にあり、企業依頼のライターが秘匿されていればゴーストライティングだが、秘匿されていなければそうでない、2) ライターが脚注に記載があることで了解していればゴーストライティングではない、の2つである。後者については、これに加えてライターによる論文の組み立ては技術的なもので知的なものではない。ライターはテーマについての専門家でなく技術者なので、著者はライターの構成した原稿を最終判断する医師研究者である。さらに国際医学誌編集者委員会(ICMJE)が著者の資格(Authorship)を厳しくしており、共同著者(Coauthor)の記載について制限し、脚注への記載を推奨していることをも逆手にとっての主張である。

 これらの議論は吟味に耐えるものでない。しかし、ゴーストライティングの真の問題点は秘匿でなく、どのように論文が形作られてきたかについて読者に不適切なコミュニケーションがなされることにある。ゴーストライティングで大事なのは、誰が著者として寄与し、誰が論文を書いたかについて読者に正しく伝わらないことである。さらに原稿を書くのは理知的な仕事と考えるべきである。多くのライターが博士号を有している。業界のメディジカルライターとそのチームの役割はしばしば単なる「アシスタンス」以上のものである。

 製薬企業はゴーストライティングの定義を、「(論文の目につかないところに)ライターの関与が書かれてさえいればゴーストライティングでない」と変えることで、論文を医師研究者自身によって書かれたものとして押し出し、マーケッティング・ツール(道具)として利用している。

 著者でない人によって書かれるゴーストライティングは、様変わりはしているが企業が資金を出した医学ジャーナル論文において広く存在し続けている。製薬企業のメディカルライターの利用は、学術文献がマーケッティング目的に利用されるさまざまな手段の一つに過ぎない。ICMJEのルールは企業のメディカルライターが共同著者として明示されるなど、企業が深く関与した文献であることを読者がよく認識できるよう改められる必要がある。ゴーストライティングの標準的な定義が医学界で繰り返し確認され、出版倫理における企業の販売促進のための活動が倫理研究の対象とされるべきである。
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 2012年2月の注目情報で「26年間使われているICMJEガイドラインは『ゴーストライター』問題の対処に不十分」をとりあげた (※3)。それから5年が経ったが、ICMJEガイドラインの問題点は改善されていないようである。一方、メディカルライティングビジネスは急成長している。医学ジャーナルに掲載された論文が、製薬企業が深く関与した文献であることを読者がよく認識できるよう改善を訴えるこの情報の意義は大きく、またとりわけ急がれる課題でもある。      (T)