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がんの臨床試験では無増悪生存でなく「健康関連QOL(生活の質)」の適切な評価を

2018-11-05

(キーワード: がん臨床試験、健康関連QOL、真のエンドポイント、全生存、無増悪生存)

 最近のがんの臨床試験は無増悪生存をエンドポイント(治験薬の有効性や安全性をはかる評価の指標)としたものばかりになりつつある。無増悪生存(むぞうあくせいぞん、PFS)とは、治療中にがんが進行せず安定した状態の期間とされ、実際には画像診断により判断されることが多い。

 無増悪生存は患者の健康にとって真に大切なものを反映しているのだろうか。そうした根本的な疑問を投げかける論文が、JAMA 内科学誌2018年10月1日に掲載されたので紹介する。筆頭著者はカナダ・マックマスター大学の Bruno Kovic 氏で、Gordon Guyatt氏や日本の倉敷中央病院、沖縄県南部医学センター、京都大学の研究者たちが共著者となっている。
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 がんの治療目標は、患者中心にみると生存期間を延長させるか健康関連QOL(生活の質)を改善させるかである。患者・臨床家・研究者は従来全生存 (OS) を臨床試験の最も重要なアウトカム (結末)として重視してきた。患者が自分の健康について主観的に感じる健康関連QOLも同様に重要であり、米国臨床がん学会 (ASCO) が重視してきた。がん治療剤の重要な便益は全生存ないしは健康関連QOLの改善で確立されるべきではあるが、規制行政はがん治療剤を無増悪生存または病勢進行までの時間 (TTP)のような代替エンドポイントを基にしても承認してきた。

 がん治療で無増悪生存を確かなエンドポイントとして利用するのには2つの理由がある。そのひとつは無増悪生存が全生存の確かな代替エンドポイントであるとの信念である。もうひとつは患者が病勢の進行無しに長く生きることはより良い健康関連QOLを有していると推察していることである。しかし、無増悪生存の延長が全生存に結びつかないという指摘があり、無増悪生存が延長しても治療剤による害作用があれば健康関連QOLは低下する。

 ランダム化臨床試験のエンドポイントとして、また規制行政の最近のがん治療剤承認の尺度として、無増悪生存使用が増加している。医薬評価に際して全生存でなく無増悪生存を用いる実用利益は、1)サンプルサイズと拡張フォローアップ期間の両面で要求が低く、試験完了のスピードが速い、2)クロスオーバーデザインとそれに続く病勢推進後の治療による交絡を減じる、の2点に基づいている。これらの実用利益に加え、無増悪生存の擁護者たちは無増悪生存が疾患コントロールと安定化を示しており、疾患症状を減少させ、このことで健康関連QOL改善を通して臨床的便益をもたらすと信じている。

 無増悪生存が患者にもつ価値や便益を測定した研究はほとんどなく、健康関連QOLデータを集め報告した研究もほとんどないので、無増悪生存が健康関連QOLに対する代替エンドポイントとして満足できるものかは確立されていない。われわれが知る限り、無増悪生存と健康関連QOLとのかかわりについての体系的解析はただ1つしかなく、その研究は両者のかかわりについて結論に至っていない。それでわれわれは無増悪生存と健康関連QOLとのかかわりを体系的レビューと定量的分析により検討することにした。

 対象とした研究はランダム化臨床試験 (RCT) 設定で、がん患者において経口、静脈内、腹腔内、胸膜内化学療法ないし生物学的療法を行い疾患関連アウトカムの改善をデザインした研究で2000年1月1日から2016年5月4日の期間に出版されたものである。35960記録がスクリーニングされ、6つの異なった健康関連QOLインストルーメントを用いた12癌種にわたる13979症例の患者を含む38のランダム化臨床試験についての52文献が対象となった。健康関連QOLについては、測定はされたが、結果が出版されていないかあるいは量的解析を可能とする健康関連QOLデータが報告されていないものも多かった。

 対象とする健康関連QOLを測定した文献の少なさや、フォローアップ期間の短さなどの問題はあるが、結果は無増悪生存と健康関連QOLについての有意なかかわりを見いだせなかった。

 この結果はがん臨床試験での主要有効性エンドポイントとしての無増悪生存の正当性を疑わせるものである。がん患者の必要性に応えるためには、全生存に力点を置いた研究を行うか、あるいは健康関連QOLを直接正確に測定し適切なフォローアップ期間も置くことで、信頼できる測定を確かなものとするようデザインする必要がある。
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 この論文が指摘しているように、試験期間の短縮、コスト低減、効率性向上のため代替エンドポイントである無増悪生存を指標としたがん治療剤臨床試験が増加しており、規制行政も容認している。しかし、有効性安全性が不確かながん治療剤の承認・販売で被害を受けるのは患者である。

 患者の健康関連GOL(生活の質)は全生存とともに重要ながん治療剤の真のエンドポイントである。著者たちが指摘しているように、健康関連GOL(生活の質)のエンドポイントを重視し、方法論の確立や確実な測定実施に向けて取り組みが必要である。      (T)

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