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「ビッグデータ」利用で経済的利益を得たい企業のもたらすバイアスが米国の医薬品規制に大きな影響

2017-11-13

[キーワード: ビッグデータ利用、利益相反、リアルワールドエビデンス、科学的エビデンス]

 電子化の進展で「リアルワールドデータ」や「ビッグデータ」と呼ばれる大規模な診療情報データの蓄積が進んでいる。2017年7月18日のBMJ誌電子版が、同誌副編集長で米国在任のジュアンヌ・レンザー氏が、「ビッグデータ」利用で経済的利益を得たい製薬企業が、FDAのレギュラトリーサイエンス(「行政科学」とも訳される)を支える半官の財団(quasi-regulatory agency)に、資金やスタッフの提供を通じて大きな影響を与えている現実を危惧する論説を掲載している。以下は論説の要旨である。
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 ビッグデータはリアルワールド(実地診療の場)での患者アウトカム調査と医薬品安全性監視改善に慎重に用いることができる。例えば医薬品などの過剰使用を見分けるのに用いることができる。また診療の場の医薬品や医療機器をめぐる複雑な状況を比較臨床試験よりも明確に示すことができる。しかし、ビッグデータにはノイズが多く、金銭的利益を得る動機で分析がなされれば、迅速承認(fast track approval)や不適切な適応拡大を認める根拠に利用される。

 ビッグデータ利用に批判的な立場からは、①ビッグデータは副作用を同定する能力に乏しく、そのシステムは患者を過剰使用にさらす、②金銭的な利益相反が、ビッグデータの用いられ方に影響し、医薬品や医療機器の適応拡大や危害の過少評価につながると危惧している。

 Reagan-Udall財団は、リアルワールドエビデンスや日常的に集められたビッグデータの活用を図る機関である。深刻な資金不足とスタッフ不足でFDAは科学的な欠陥に陥っているとする医学研究所(IoM)のレポートを受け、2007年に米国議会によって同財団が設立された。設立時から、財団が製薬企業からの資金を受け入れることで、製薬企業のフロントとなるのではないかと批判されていた。このため、ディレクター14名の内FDAが規制する企業の代表者は4名以内とするReagan-Udall財団の内規が定められた。しかし、その内規は守られておらず、現在ディレクター13名の内任命の時点で9名が企業と金銭関係を有している。そしてメンバーの多くがFDAの規制している企業のリーダーシップや科学首脳幹部の地位をこれまで保持していたか現在も保持している。財団評議員メンバーは利益相反申告を財団にしているが、それらはウェブサイトに公表されておらず、公表されていても現実の金銭的な関係を必ずしも開示していない。

 Reagan-Udall財団は、2009年から2013年の間に6,429,028ドル(約7億円)の歳入を報告している。約22%はFDAから、39%は「企業」(“industry”)から、38%が非営利法人からである。しかし非営利法人にはPhRMA(米国製薬協)、PhRMA財団(全部または一部の資金を企業支出)のような企業団体が含まれている。

 トランプ大統領とゴットリーブ新FDA長官は、医薬品と医療機器の規制削減を約束している。ゴットリーブ長官は、対照群や患者の臨床アウトカムを必要とし、長い時間と費用がかかる臨床試験という負担をビジネスに課すことを当局は止めるべきだと語っていた。行政の意思決定を支える観察データと症例報告の使用を容認する「21世紀治療法」(The 21st century cures act)への企業の支持は、FDA政策における企業の顕著なシフトをあらわしている。 いまや、個々の製品バイアスに発揮された企業の影響に換えて、「科学エビデンス」の特質自体(the very nature of“scientific evidence”) が非難にさらされているのだ。財団によって奨励されたビッグデータ分析が深く企業を巻き込んだ。そして企業によって支持された21世紀治療法は医薬品安全性を改善させるのでなく、悪化させるように思われる。
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 「ビッグデータ」(診療情報データ、リアルワールドデータ)は慎重な検討を経て活用をはかれば、医療にこれまでにない進歩をもたらす可能性がある。しかし、そうした慎重な検討・検証を経ずに、従来のやり方は時代遅れだとして、強引に新たなやり方に持っていこうとする動きがあり、公衆衛生を脅かしている。このBMJ誌の論説はその背後に経済的利益を求める製薬企業などの意図があり、それらが現実に行政を巻き込んで危機をもたらしている状況を示し、警鐘を鳴らしている。

 日本でも2017年3月に厚労省の臨床開発環境整備推進会議が、構築中の疾患情報登録システムを活用した効率的な治験・市販後調査体制整備の20年度までの工程表を了承したこと、工程表では18年度までに医薬品医療機器総合機構と連携しつつ、薬事承認に耐えうる「治験対照群」を確立、18年以降は実際に疾患情報登録システムを用いた治験で検証を進め、20年度まで同システムを薬事承認に活用するガイドラインを作成、同システムのユーザーとなる製薬企業の費用負担のあり方も詰めると報道されている。また、2017年5月には、企業が従来の治験と効率化される「特定臨床研究」のいずれで承認をめざすか考えている際は、厚労省が2016年に設けた薬事相談サービスを利用するよう呼びかけたと報道されている。

 慎重な検討無しに対照群やランダム化を取り払ったりしないよう監視が必要である。 (T)

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