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「75歳以上でも血圧は120mmHg以下に下げるのが良い」は根拠が薄く弊害を招く

2016-11-22

 (キーワード: 後期高齢者、「血圧は低いほどよい」、SPRINTトライアル、弊害)

 「血圧は低ければ低いほどいい」として、高齢者にも多くの降圧剤を投与することが薬漬けとして批判され、最近あまり言われなくなっていた。しかし、最近のSPRINTトライアル(※1)という国際的な臨床試験結果に力を得たオピニオンリーダーの医師たちにより、75歳以上の後期高齢者でも降圧剤の強化治療を行うことが主張されている。なお、このSPRINTトライアルの対象となった患者の平均年齢は69歳であるが、強化治療群には2.8剤の降圧剤が用いられている。

 日本で最近健保連が行った調査では、70-74歳の高齢者の4割以上が降圧剤を処方されているのが実態である。75歳以上でも血圧を120 mmHg以下にするため強化治療するということは、75歳以上の高齢者ほぼ全員に降圧剤を投与することになるのでないだろうか。

 高齢者への降圧剤の多用は認知能の低下、害作用の増加を招く。
 このSPRINTトライアルというオープン試験の結果は信頼できるのだろうか。

 カナダで発行されている独立系医薬情報誌Therapeutics Letter 98号が、「血圧を120mmHg以下に下げるのが良いというSPRINTトライアルの結果はわれわれの降圧目標を変えるものか?」の記事(※2)を掲載しているので要旨を紹介する。
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 SPRINT(Systolic blood PRessure INtervention Trial)の結果が論議を呼んでいる。SPRINTは、収縮期血圧が130mmHgないしそれ以上で心血管リスクが増加している(しかし糖尿病ではなく脳卒中の経験もない)9361例の患者(平均年齢67.9歳)を、(1)収縮期血圧を120mmHg以下に下げるのを目標にした強化血圧コントロール(強化治療)群と、(2)140mmHg以下での血圧維持を目標とした標準血圧コントロール(標準治療)群にランダムに割り付けた比較臨床試験で、米国(プエルトリコを含む)の102の臨床サイトで行われた「オープンラベル」(医師も患者もどちらの群かが分かっている)のトライアルである。1年後の達成した血圧は、強化治療群は121/69、標準治療群は136/76であった。用いられた降圧剤の数は強化治療群が2.8、標準治療群が1.8であった。トライアルは強化治療群の利益が高いとして途中で打ち切られた。

 利益について、3.3年の平均期間の後で、プライマリー複合アウトカム(心筋梗塞、急性冠動脈症候群、脳卒中、急性代償不全性心不全、心血管原因の死亡のいずれかの最初の発生)が、強化治療群では5.2%に対し、標準治療群では6.8%と高かった (RR 0.76, 0.65-0.90, ARR 1.6%, NNT 63, 3.3年間)。一方、害について、介入に関連すると分類された特異的な重篤な有害事象は、強化治療群では4.7%増に対して、標準治療群では2.5%増にとどまった (RR 1.87, 1.50-2.33, ARR 2.2%, NNTH 46, 3.3年間)。これは、主に強化治療群における急性腎臓傷害または急性腎不全によるもので、1.2%の絶対増加であった。全体の重篤な有害事象は強化治療群38.3%、標準治療群37.1%であった(RR 1.03, 0.98-1.09)。しかし、死亡は強化治療群の方が有意に低かった(強化治療群3.3%,標準治療群4.5%, RR 0.74, 0.60-0.91, ARR 1.2%)。重篤な害作用は強化治療群で増加するのに、死亡は強化治療群が有意に少ないのは矛盾した結果である。

 このトライアルは血圧目標値のデザインなので、両群を遮蔽することはできなかった。このことは施行(performance)バイアス、検出(detection)バイアスをもたらす。施行バイアスは強化治療群を優遇してケアすることを意味する。検出バイアスはアウトカムを強化治療群に有利に確認することを意味する。トライアルの早期打ち切りも強化治療群に有利に作用するバイアスをもたらす。

 ほとんどの論評やコメントは、SPRINTトライアルの結果をポジティブなものとしてとらえ、血圧目標値は低ければ低いほどいいとしている。しかし、これらのコメントは少なくとも1つの重篤な有害事象を経験した症例は強化治療群に多いことを無視している。またこれまで得られているエビデンスとSPRINTトライアルの結果を比較する努力をしていない。

 世界での比較臨床試験の結果を統合するコクランレビューは2009年にはじめて公表され、最近更新された。SPRINTに加え、ACCORD、SPS3の2つの大規模なトライアルが加わった。更新したレビューでは、11のランダム化比較試験(N=38584)のデータは、血圧目標値を低くしても死亡は低下しないことを示している(RR 0.95, 0.86-1.05)。さらにSPRINTの死亡データだけが他のトライアルとは一致しないことを示している。
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 新薬がなかなか出ない中で、既存剤の売り上げを最も効果的に増加させるマーケット手法に、生活習慣病医薬品の使用対象者の基準を広げて、患者を一気に増やす手法がある。これには製薬企業と持ちつ持たれつの関係にあるオピニオンリーダーの医師が協力する場合が少なくないので注意が必要である。  (T)