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営業秘密の保護に関するEU指令案: 欧州3団体が「公共の利益に関連する科学的データへの市民のアクセス権を脅かすもの」と警告

2015-08-10

(キーワード:営業秘密、欧州連合指令、EU指令、ISDB、国際独立医薬品情報誌協会、欧州企業監視団体、欧州医薬品フォーラム、欧州委員会、欧州議会、欧州理事会)

 欧州委員会は2013年11月28日、営業秘密の保護に関するEU指令案を発表した。本指令案は2014年5月、EU理事会で承認され、その後欧州委員会が欧州議会に法案提出、2014年末の成立が見込まれていた。指令案は、営業秘密を保護する法制度導入をEU加盟国に求めるものであり、指令が成立すると、加盟国には2年以内に国内法を整備することが義務付けられることになる。

 欧州企業監視団体、国際独立医薬品情報誌協会、欧州医薬品フォーラムの3団体は2015年2月10日、このEU指令案に対する批判を共同声明として発表した。各3団体のウェブサイトのほかに、プレスクリル英語版ウェブサイトの「欧州における保健行政活動のまとめコーナー」でも紹介されている。(※1)

 なお日本では、不正競争防止法(1990年改正時に営業秘密の不正取得・使用・開示行為に対する民事保護規定を導入、以後、営業秘密侵害罪の創設、営業秘密の内容を保護するための刑事訴訟手続きの整備などが行われた)において営業秘密の保護が図られている。

 欧州3団体による共同声明は、「“営業秘密の保護に関するEU指令案”は、一般市民、特にジャーナリストや公益通報者などの言論の自由を侵害し、公共の利益に関連する科学的データへの市民のアクセス権を脅かすものである」との警告を発している。以下、欧州3団体による共同声明(※2)の抄訳である。
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 2013年11月末、欧州委員会は「未公開のノウ・ハウおよび営業情報(営業秘密)の不正取得、使用および開示に対する保護に関する欧州議会および欧州理事会指令(案)」を公表した。

 本指令案は、多国籍企業顧問弁護士の間では強い支持を得ている。一方で、その内容は広範囲におよび、かつ漠然としており、一般市民が本指令内容を的確に把握することは非常に困難なものとなっている。にもかかわらず本指令案は、一般市民、ジャーナリスト、公益通報者、中小企業など、大企業に比べて脆弱な訴訟対応力しか持ち得ないような個人、組織に対しては厳しい罰則を科すものとなっている。

・規制対象を間違えている: 米国国家安全保障局によれば、コンピュータネットワークを利用した最近の産業スパイ活動は、主にIT技術の問題によって生じているとされているが、本指令はこの点には全く触れていない。その一方で、公衆衛生に影響を及ぼすような公共政策に関連する情報などへの市民によるアクセス権を制限する内容が盛り込まれている。すなわち、本来規制すべき対象は取り上げずに、守られるべき市民の基本的権利には制限をかける、という規制なのである。

・情報の透明性確保に反対する企業からの圧力: 本指令案が発表された2013年11月末は、欧州医薬品庁が臨床試験に関する新しい欧州規制の中で、臨床試験データは企業秘密にあたらないという方向性を示し、加盟国保健大臣、欧州医薬品フォーラムも、臨床試験情報における透明性確保の前進として支持していた時期である。また同時期、製薬企業など多国籍企業は、あくまでも臨床試験データは企業秘密とされるべきという主張をし、米国と欧州連合間の貿易交渉において、営業秘密保護を最優先課題とするよう政府に働きかけていたのである。情報の透明性推進に対抗するこのような企業からの圧力が、本指令案に影響しているであろうことは否定できない。

・知的財産権の保護強化のためなのか?: 欧州連合において、営業秘密保護は知的財産権保護の範疇とはみなされていない。なぜなら知的財産権の保護というのは、情報公開を前提としたうえでその新規技術等に関する独占権を認めるものであり、情報の秘匿を前提とした営業秘密保護とは異なるものだからである。しかし欧州委員会が提示した本指令案では、営業秘密保護を強化すれば知的財産権保護強化にもつながり、「技術革新をさらに促進するような産業界の環境改善をもたらす」としている。本当にそうだろうか? 欧州委員会による本指令案の影響に関する調査によれば、欧州連合加盟国企業のうち60%の企業ではすでに、共同開発案件においては当該企業間での営業秘密情報の共有が行われているとしている。つまり企業にとってそれが営業利益につながる場合には、営業秘密保護よりも研究開発のための知識伝達と情報交換、すなわち情報開示を優先させている、という現実があるのである。このような、産業界内部では情報開示が進んでいるという現状があるにも関わらず、本指令案は、知的財産権保護および営業秘密保護においてより厳格な基準を定めることで、一般市民に向けた情報開示は後退させようとしているのである。そして本指令案は、このような規制を加盟各国に求めると同時に、環大西洋貿易投資パートナーシップ(TTIP)にも取り込むべく、道筋をつけようとしているのである。

・広範な定義により、公共の利益に関連する科学的データまでもが営業秘密とされる: 欧州委員会による定義では、営業秘密には、公的ではない経済的利益に関わる全ての情報が含まれるとしている。したがって、ジャーナリスト、公益通報者、研究者等によって公表された場合に企業が不利益を被ると判断される情報は全て、営業秘密となる。このような定義では、たとえば医薬品・医療機器の承認情報のような公衆衛生に関わる情報までもが、営業秘密として扱われることを許容してしまうのである。

・包括的な抑止効果もねらう?: 営業秘密保護は特許権保護とは別物であるにも関わらず、本指令では、特許権侵害に対するのと同様の罰則規定を営業秘密保護規定に盛り込むことを求めている。そしてこの罰則規定は、直接の当事者のみならず情報提供に関わった関係者にも広く適用されるものとなっており、関連する企業や個人なども対象とする、包括的な抑止効果も狙っている。

・ジャーナリストや公益通報者の言論の自由への規制: 本指令の適用外となる言論の自由の範囲は非常に限定的なものとなっている。たとえば、ジャーナリストや公益通報者が非公開情報を扱うことが許されるのは、「不正や違法行為などを摘発する場合」に限られ、「営業秘密情報を公開することが公共の利益をもたらす場合」に限られるとしている。

・本指令によりもたらされる利益は疑わしく、社会と個人における自由の権利を後退させるものであることは明らか: 本指令案が施行されることにより、欧州市民の基本的権利は脅かされ、現在公表されている情報でも、今後は営業秘密として秘匿されることが起こり得る。結果として、市民に保障されるべき、公共の利益に関連する情報へのアクセス権が大きく後退させられることは明らかである。

 多くのNGOと同じく、我々は本指令案の性急な策定とTTIPへの導入に反対する。本指令案を施行するかどうかについては、反対意見も含め、様々な市民からの意見を広く求めること、また策定においては民主主義的議論の過程をきちんと踏むべきである。本指令案を施行する場合には、少なくとも、医薬品・医療機器の承認情報のような公共の利益に関わる情報は営業秘密の定義からはずすなど、大きな内容修正が求められるものである。
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 日本における薬害の歴史は、企業利益保護を理由とした営業秘密情報の非開示との戦いの歴史でもあった。企業間における不正競争防止は重要であるが、企業利益保護のために市民や患者の命、健康が脅かされるとしたら、本末転倒以外のなにものでもない。ここで取り上げられている営業秘密の保護に関するEU指令案は、企業間での情報開示が進んでいる中で一般市民への情報開示は後退させるという、言わば企業にとって都合のよいことのみを推進する、企業のための規制なのではないだろうか。なお、欧州3団体による合同声明は、EU指令による営業秘密保護強化の動きをEU市民に対する権利侵害であるとし、TTIPへの導入にも異議を唱えている。営業秘密保護強化の規制方針がTTIPへも導入された場合、その影響は欧州、米国に留まらず、環太平洋パートナーシップ(TPP)など世界の他地域における自由貿易協定へと波及していく可能性も忘れてはならない。(Y)

関連資料・リンク等
※1 プレスクリール英語版ウェブサイト
http://english.prescrire.org/en/79/207/46302/4090/4089/SubReportDetails.aspx.
※2 国際独立医薬品情報誌協会ウェブサイトhttp://www.isdbweb.org/en/publications/view/european-directive-on-trade-secrets-a-threat-to-access-to-public-health-data/campaigns