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WHOのパンデミック政策は製薬企業の影響下にある (BMJ誌がWHOの利益相反問題を検証)

2010-08-11

 2010年2月の注目情報で昨年のインフルエンザ・パンデミックに関し、欧州連合(EU)理事会が「虚偽のパンデミック、保健への脅威」のタイトルでディベート(討論)のための議会集会を開催したことを取り上げた(※1)。この情報の紹介者のコメントは「WHO(世界保健機関)と製薬企業の利益相反問題をきっちり検証する必要がある」と結ばれていた。BMJ誌電子版2010年6月4日号では、BMJ誌編集部が調査報道事務局(ロンドン)と合同で、このWHOと製薬企業の利益相反問題を検証している.( 「WHOとインフルエンザ・パンデミックの“陰謀”」、※2)。要旨を紹介する。
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1 2009年6月11日、WHOのチャン事務総長が「2009インフルエンザ・パンデミック」のはじまりを宣言してから1年が経つ。WHOは長年にわたってパンデミックを「莫大な数の死亡と病気を引き起こす」アウトブレイク(突発事)と定義してきた。しかしWHOは2009年5月のはじめに、このパンデミックの定義から「病気の重篤度」を削除した。このため6月のパンデミック宣言は起こっていることの重篤度を何ら考慮せずに行われることになった。

2 WHOのパンデミックへの対処については欧州評議会、欧州議会、そしてWHO内部からも「製薬企業の影響下にある」との指摘がなされた。
欧州議会によるWHO批判は1999年から始まっている。同年4月、WHOは、1997年の香港における鳥インフルエンザの発生を受けて「インフルエンザ・パンデミック計画: WHOの役割と国家・地域のためのガイドライン」を出版した。それには「Snacken氏(ベルギー保健省)らが、欧州インフルエンザ科学ワーキンググループ(ESWI)と協同して作成した」と書かれていたが、欧州インフルエンザ科学ワーキンググループ(ESWI)という組織がロシュ社と他のインフルエンザ薬製造企業が全額を出資している団体であることは公表されなかった。Snacken氏はこの年にロシュ社がスポンサーとなったイベントにも参加している人物である。欧州インフルエンザ科学ワーキンググループ(ESWI)のNicholson氏(英国ライチェスター大学教授)とOsterhaus氏(オランダエラスムス大学教授)はロシュ社の販促物に登場する人物であり、ランセット誌に掲載されたロシュ社のオセルタミビル(タミフル)のランダム化比較臨床試験論文の著者でもある。この論文はタミフルの有効性についての主要論文であるが、企業が雇ったゴーストライターの関与が指摘されている。

3 2002年ロシュは欧州医薬品庁(EMEA)にタミフルの承認を求めたが、その効果がわずかであることから審査は難航した。情報公開法で入手した資料によれば、欧州医薬品庁(EMEA)の承認審査プロセスに関与した2人の専門家、Linde氏(スエーデン感染症管理研究所)とSnacken氏はロシュの販促物に登場している。Snacken氏は2002年2月、ベルギー保健省の代理人としてタミフルのインフルエンザ予防とパンデミックでの使用を求めている。彼は前述の欧州インフルエンザ科学ワーキンググループ(ESWI)のリェゾン・オフィサー(連絡調整担当者)であり、ベルギー政府のパンデミック対策に重要な役割を果たし、欧州疾病予防管理センターの重要人物でもある。彼が欧州医薬品庁(EMEA)に対してロシュ社との利益相反関係について申告したかどうかは公開されていないため我々にはわからない。

4 2002年10月、WHOは、ジュネーブで、インフルエンザ・パンデミックの際に用いるワクチンと抗ウイルス薬についてのガイドラインを作成するための専門家会議を開催した。参加者にはロシュ社とアベンティス・パスツールの代表、タミフルの販促物に名前を貸している3人の専門家が含まれていた。2年後にWHOガイドラインとして「インフルエンザ・パンデミック2004でのワクチンと抗ウイルス薬の使用」が出版された。このなかの「抗ウイルス薬の使用」はHayden氏(米国バージニア大学教授)が書いたものだが、彼はロシュ社やGSK社から金銭を受け取っていた。彼はBMJ誌と調査報道事務局の調査に対し、WHOの利益相反宣言書類には記載して提出したと答えている。
WHOガイドラインは、「各国は抗ウイルス薬の備蓄に対する計画を立案すべき」としている。多くの国々がこのガイドラインに従って備蓄計画を立てた。Hayden氏はロシュ社がスポンサーの臨床試験論文で、タミフルは入院を60%減じると記載し、これがタミフルの主要なセールスポイントのひとつとなった。しかしコクラン共同計画ではこの論文を認めていない。2004ガイドラインの添付文書(Annexes)でワクチン使用について書いたMonto氏(米国ミシガン大学教授)もロシュ、GSK社から金銭を受け取っていた。彼はBMJ誌の調査に対し、WHOのどの会議に参加する時にも、事前に利益相反記載が求められたと答えている。2004ガイドラインの添付文書(Annexes)の他の著者Nicholson氏も、BMJ誌やランセット誌に論文投稿した際には利益相反について記載している。

5 WHOはいまのところ利益相反について記載を完全にすることを求めず、利益相反に厳しく対処していない。また2004ガイドラインの添付文書(Annexes)の発行に際し、WHO自身の利益相反について明らかにしていない。WHOは以前から利益相反取り扱いのルールだけは決めていながら実行に移してはいなかったのである。BMJ誌と調査報道事務局はWHOに説明を求めたが、利益相反の公開については事務総長の判断によると決められているので事務総長オフィスに聞いてほしいとの回答であった。チャン事務総長は透明性についてよく述べる人物だが、質問に対し「公開にふさわしい事項と考えない」との回答が返ってきた。WHOは2005年に地球規模のインフルエンザ対処計画を作成、2006年にはインフルエンザパンデミック・タスクフォースを創設するが、この際も利益相反は公開されなかった。しかし、ワクチン諮問委員会では利益相反が公開されており、方針は必ずしも一定したものでない。
2009年のパンデミック宣言についてWHOにアドバイスした「緊急委員会」については、16人のメンバーから構成されていると発表されているが、委員長以外は名前が公表されていない。パンデミックについての方針を実質的に決定する極めて重要な委員会を秘密にすることについてWHOは「関連企業の影響から委員を守るため」と説明している。パンデミックの定義変更に関与したと世間から思われているWHOの「ワクチン接種に関する専門家の戦略諮問委員会」(SAGE)のSalisbury委員長は、「『ワクチン接種に関する専門家の戦略諮問委員会』(SAGE)は定義の変更に関与していない。私自身としては同委員会で審議されることは公共に属すものなので、秘密事項が多いことはあまり好ましい状況でないと考えている」とBMJ誌と調査報道事務局に語っている。WHOは秘密主義を改め、利益相反を全面公開すべきである。

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 WHOチャン事務総長はパンデミックの定義の変更は専門家の2年間にわたる慎重な検討の結果であるとしており、パンデミックへの対処について企業の影響を全面的に否定している。しかし、上にみるようなWHOの秘密主義のなかでは説得力がない。
パンデミックという言葉を聞いて一般の人が思い浮かべるのは「莫大な死者と感染者の発生」であろう。これは疫学の専門家とて変わらない。パンデミックの定義に疾患の重篤度が含まれていないなどとんでもないことであり、WHOはどうしてそういうことになったのかを詳しく説明する責任がある。WHOの決定はよく「錦の御旗」や「水戸黄門の印籠」にたとえられるが、世界全体の人々の生活と健康に重大な影響を与えることからも、利益相反の公開をはじめ情報公開の徹底が第一に必要だ。
  (T)