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大型臨床試験で見つかった、コレステロール低下剤バイトリンの発がんリスクは「偶然」か?

2008-12-24

[キーワード:コレステロール低下剤、発がん、シンバスタチン、エゼチミブ、SEAS試験、SHARP試験、 IMPROVE-IT試験、メルク、シェリングブラウ、利益相反]

 新薬の臨床試験の解析をめぐって微妙な境界線上を利益相反が見えかくれしている出来事を以下に紹介する(スクリップ誌9月26日号)。

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 “バイトリン”はシンバスタチンとエゼチミブを配合したコレステロール低下剤の新薬である(メルク社/シェリングブラウ社。日本は未発売)※1(註1)。この薬の市販後はじめての大型臨床試験が、北欧を中心に2001年よりスタートしたが、2008年6月の試験終了後すぐさま大きな注目を集めることとなった(註2)。“SEAS試験”と名付けられたこの試験は、心血管イベントの発症への効果を目的に4年間1873人を対象に行われたが、結果を解析したところ、バイトリン群では発がんリスクが有意に増加していたのである※2。この結果はバイトリンにかかわるすべての人にとって予想外のことであった。
 そして、さらに注目を集めることとなったのは、バイトリンの別の大型臨床試験を担当しているオックスフォード大学の臨床試験サービスユニッット“CTSU”の行動である。このグループは先のSEAS試験の“発がんリスクあり”の結果を知るやすぐさま、進行中の自らの臨床試験“SHARP試験”の内容と米国で行われているもう一つのバイトリン臨床試験(IMPROVE-IT試験)の内容を合わせて検証し、SEAS試験の結果も合わせてバイトリンの発がんリスクを分析した。そして彼らは「SEAS試験の結果は“偶然”でありバイトリンに発がんリスクはない」とわずか数日の内に、TV放映付きで発表したのである※3。この分析結果は、ニューイングランド医学雑誌(NEJM誌)に送られ、SEAS試験と並べて掲載された※4。
 しかし、分析を担当した人物がこのSHARP試験の当事者でもあり、オックスフォードの著明な統計学者R.Peto氏であったことから、メルク社/シェリングブラウ社との利益相反に注目が集まったのである。
この動きに対して、FDAは「独自に発がんリスクの可能性を分析し2—3ケ月以内に発表する」とコメントしている(8月21日付け)※5。
 そしてこの事実を受け、米国下院議員二人が、Peto氏に質問状を提出した(8月21日、9月2日の2回)(註3)。質問の内容は、Peto氏のメルク社/シェリングブラウ社との経済的関係、データ分析をするようになった経緯、この分析は企業の顧問レポートではないか、FDAへの報告書を作る際の企業の関与の有無、等である。
 それに対してPeto氏は9月16日に反論している(CTSUサイトに公開※6)。Peto氏の回答は、オックスフォード大学の臨床試験サービスユニッットCTSUの資金はオックスフォ−ド大学ですべて管理されており自分個人はメルク社/シェリングブラウ社とは無関係であり、分析や報告の内容にはメルク社/シェリングブラウ社は関係していない、というものである。一方で、同回答内でPeto氏は、メルク社/シェリングブラウ社からCTSUへの資金提供については、SHARP試験に対して2001年から2009年までに約65億円が、また他の三つのコレステロール低下剤関連の研究に対して1997年から継続的に約120億円が提供されていることを明らかにした。

 NEJM誌はSEAS試験の掲載号の論説の中で「SEAS試験、SHARP試験、IMPROVE-IT試験の三つを合わせたとき、分析法によってはバイトリン群のガン死亡率は増加する。さらなるデーターが得られるまで“偶然である”とすべきでない」とPeto氏の分析を批判的に取り上げている(2008年9月2日号※7)。   (S)



訳註
註1 シンバスタチンは日本でも発売されている(商品名リポバス)。ここで問題になっているのは、配合成分の新たな作用機序をもつエゼチミブである。エゼチミブの問題は別の面から、注目情報ですでに取り上げた※1。

註2 動脈弁狭窄の既往症をもつ患者を対象にして心血管イベントの発症への効果を他薬プラセボと比較したもの。試験結果は、バイトリンは動脈狭窄の進行に対して無効であった。

註3 米国下院エネルギー・商業委員会委員長のDingell氏と監視・調査小委員会委員長のStupak氏。エネルギー・商業委員会は、医薬品の安全性問題を金の流れ(利益相反)の観点からとりあげてきている。