最も多く処方される高血圧治療剤の心筋梗塞リスク
2007-12-14
（キーワード：高血圧治療剤、ＡＲＢ、ＡＣＥ阻害薬、新薬シフト、ＢＰＬＴＴＣ、心保護作用）
高血圧の治療の基本は、血圧を低下させ脳卒中や心筋梗塞などの心血管病を予防することであるが、新薬であるＡＲＢ（アンジオテンシン�脅�容体阻害薬）は同系統で従来薬のACE阻害薬（アンジオテンシン変換酵素阻害薬）とともに、血圧低下作用を超えた心臓や腎臓などの臓器保護作用があるとされ、ＡＣＥ阻害薬に比べ咳の副作用が少なく使いやすい高血圧治療剤として、爆発的にその使用量が伸びている。我が国における売上高第1位の薬剤であるプロプレスをはじめとするＡＲＢの総売上は４０００億円以上と言われている。
高価なＡＲＢの使用量の伸びは典型的な「新薬シフト」、すなわち、安価で使用経験が多い「従来薬」が使われず、高価で副作用などの経験が浅い「新薬」に使用が移っていく現象とみることもできる。従来薬のＡＣＥ阻害薬であるエナラプリル５mgの後発薬の薬価は１８円に対し、新薬のブロプレス４mgの薬価は９２．６円なのである。
このＡＲＢについては、以前から心筋梗塞を増加させるリスクがあるのでないかとの指摘があり、2年前にも注目情報でとりあげたことがある(※1)。
最近発行された「医学のあゆみ」誌２００７年１１月１０日号で、桑島巌氏（東京都老人医療センター循環器科)が「ＡＲＢとＡＣＥ阻害薬の意外な効果」と題した論考で、「最近の信頼される総合解析データからは、期待された心保護作用がＡＲＢには無く、むしろ害になっている」と注意を喚起している。
以下はその要旨である。なお、循環器トライアルデータベース(※2)にも同趣旨のコメントがある。
---------------------------------------------------------------
ARB(アンジオテンシン�脅�容体阻害薬)はレニンアンジオテンシン(RA)系を受容体レベルでより確実に遮断する薬剤として期待を集めて登場した。ARBを「咳の副作用のないACE阻害薬」と考えている医師が多い。しかし、相次いで発表された大規模臨床試験の結果は、ARBが従来薬のACE阻害薬を上回る心血管合併症予防効果を示さず、それどころかむしろ劣るのでないかとの結果を明らかにした。
両薬剤の違いを決定的にしたのが最近発表された総合解析(メタ解析)BPLTTCである。BPLTTCは世界各地で行われた、降圧薬に関する大規模臨床試験の結果を総合解析する事業であり、以下のような特徴を有する。
BPLTTCは、WHO(世界保健機関)とISH（国際高血圧学会）が中立な立場での解析を行っており、公的要素が強い。また、選択バイアス(ゆがみ)や後付け解析を避けるために，試験採択基準や評価項目をあらかじめ明らかにし，前向きに計画している。さらに、総合解析の中には論文で示された数値のみを分析するものもあるが、BPLTTCは臨床試験担当責任者から送付されたすべての個人の生データを使用している点でも正確性が高い。
今回の解析では、ACE阻害薬とARBの血圧低下作用を超えた臓器保護効果に関して分析しているが、 脳卒中に関しては，どちらの薬剤も血圧低下作用に比例した予防効果を示した。一方、冠動脈疾患に関しては，ACE阻害薬が血圧低下作用を超えた予防効果を示したのに対し、ARBでは血圧低下作用を超えた予防効果を示さなかった。むしろ統計学的には有意ではないものの、８％のリスク上昇を示した。両薬剤間の血圧低下作用を超えた冠動脈疾患予防効果の違いには、統計学的に有意差が認められた。以上により、「血圧低下作用を超えた心保護効果」は、ＡＣＥ阻害剤には有るがＡＲＢには無く、両薬剤の心保護効果の違いは明らかであると結論した。
ARBのすさまじい伸長は、わが国の医療がEBM(科学的根拠Evidenceに基づく医療)というよりABM(宣伝Advertisingに基づく医療）と言った方が適切であろう。 (Ｍ)
