調査・検討対象

  1. ホーム
  2. 調査・検討対象

ディオバン事件

1 ディオバン事件とは

ディオバン(一般名バルサルタン)は、2000年に承認されてノバルティスファーマ株式会社(以下、「ノ社」という。)が製造販売する高血圧治療薬(降圧剤)である。
2002年以降、東京慈恵会医科大学、千葉大学、滋賀医科大学、京都府立医科大学、名古屋大学の各大学により、いわゆる医師主導臨床試験として、ディオバンと既存の降圧剤の効果を比較する大規模臨床研究が行われ、既存降圧剤より脳卒中、狭心症、心不全の予防に有効である(慈恵医大試験)、既存降圧剤と降圧効果には大きな差はないが、脳卒中や狭心症などのリスクを半減させる(京都府立医大試験)などの結果が発表された。
ノ社はこれらの臨床試験の結果を活用して大々的な医師向けプロモーション活動を展開し、ディオバンは年間売上額が1000億円を超える大ヒット薬となった。
しかし、2012年4月、京都大学の医師が、これら試験の研究論文における血圧値の不自然さを指摘する論文を発表し、同年12月に日本循環器学会誌が京都府立医大試験の関連論文2論文を撤回、欧州心臓病学会誌に掲載された同試験の主論文も撤回された。
2013年4月には、京都府立医大試験と慈恵医大試験の統計解析に関与していた人物が、ノ社の社員(以下「元社員」)であったことが発覚。その後の調査により、京都府立医大と慈恵医大の試験で、カルテのデータと論文に用いられた解析用データとの間に不一致がありデータの不正操作がなされていたことが判明した。さらに、試験を実施した上記5大学の主任研究者が主宰する研究室に対し、2002年から2012年までの間に、総額11億3290万円の奨学寄附金がノ社から提供されていたこと、元社員は試験により濃淡はあるものの、5大学の試験全てに関与していたことなどが明らかとなった。

2 取り上げた経緯

京都府立医大試験の研究論文が撤回されたとの報道を受け、当時当会議において検討中であった医学研究に関する不正行為問題の一環でもあることから、情報収集を開始した。

3 何が問題か

  1. (1) 事件の真相が未だ解明されていない
    本事件については、各大学とノ社によってそれぞれ調査が行われているが、最も重要であるデータ操作が何者によって行われたのかについて大学とノ社の調査結果が対立しており、解明がなされていない。
  2. (2) 利益相反
    本来は独立した機関によって行われるべきデータの統計解析がノ社の現役社員によって行われていた上、そのことが研究論文などに開示されていなかった。
    また、臨床試験支援目的の奨学寄附金を受けていたことについて、一部を除き研究論文に開示されていなかった。本事件に限らず、わが国の医師主導臨床試験においては、臨床試験支援目的の奨学寄附金の提供を受けながら、使途を特定しないという奨学寄附金の建前から適切に開示しない例が相当広範に存在してきた可能性がある。
    さらに本事件の場合、利益相反状況の開示の不備にとどまらず、そのような利益相反状況の下においてデータ操作という科学的不正が行われた点がきわめて問題である。
  3. (3) 不十分な臨床試験規制
    わが国では、治験(承認申請資料の収集を目的とする臨床試験)に対しては薬事法に基づく厳格な規制により信頼性確保や被験者保護が図られているが、治験以外の臨床試験には法的規制が存在しない。医師主導臨床試験については、各研究施設(本件の場合大学)の倫理審査委員会による審査が行われているが、機能しなかった。
  4. (4) 不正行為に対する処分制度の不備
    医学研究に関して本事件のような不正行為が発生しても、事実関係を調査し研究者に制裁を加える法制度が整備されていない。
  5. (5) ノ社によるプロモーション
    ノ社は、各試験結果をディオバンのプロモーションに積極的に活用し、その売り上げを急激に増大させた。不正な試験結果を利用した宣伝広告は、虚偽ないし誇大広告に該当する可能性がある。また、それらのプロモーションに関与した専門医やメディアの社会的責任も問われなければならない。
  6. (6) 不正利益の吐き出しの必要性
    ノ社が不正な試験結果を利用したプロモーション活動によって得た利益は、公平の観点からも、同種事件の再発防止の観点からも、吐き出させる必要がある。

4 具体的行動とその結果

  1. (1) 2013年9月11日、「ディオバン事件に関する意見書」を作成し、①各大学による調査の徹底、②研究責任者の説明責任の履行、③ノ社調査結果の詳細の公表、④厚労省検討委員会による調査の徹底、⑤国会における証人喚問・集中審議などによる調査、⑥ノ社によるプロモーションの検証、⑦医師主導臨床試験の実態調査、⑧臨床研究規制の法制化、⑨不正行為の調査制度及び行為者に対する処分規定の創設、⑩企業利益の吐き出しに関する制度の導入、⑪臨床試験への資金提供を目的とする奨学寄附金の禁止、⑫日本製薬工業協会透明性ガイドラインの完全実施と法制化の検討、⑬大学による、企業からの資金受け入れ状況の公表、⑭臨床研究への資金提供を行う公的基金創設を求めて、関係機関に送付した。
  2. (2) 2013年11月1日、ノ社を薬事法違反及び不正競争防止法違反をもって東京地方検察庁に刑事告発した。これに続き、厚生労働省も2014年1月9日、同社及び社員を薬事法違反(誇大広告)容疑により、同じく刑事告発した。これらを受け、東京地検特捜部は、2014年7月1日、薬事法違反の罪で、元社員だけでなく法人としてのノ社をも起訴した。
  3. (3) 2014年11月6日、厚生労働省の検討会が、ディオバンの問題などを受け、臨床研究などに法規制(罰則を含む)が必要とする報告書骨子案をまとめた。

5 今後の課題

ノ社に対する今般の起訴は、末端の実行犯ともいうべき元社員の罪について、両罰規定を適用したものであって、同社の組織的な関与を正面から問うものではない。元社員個人の問題に矮小化させず、薬業界と臨床研究に携わる研究者や医師らがかかえる構造的問題を明らかにしていくべく、刑事裁判や臨床試験規制の法制化の行方を注視していくと同時に、真相解明と再発防止策の実現に向けて、関係機関への要望やロビー活動を続けていく必要がある。