調査・検討対象

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「治験審査委員会に係る医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令の一部を改正する省令案」に関する意見

1 IRBについての省令GCP改正案と当会のパブリックコメント

厚生労働省における「治験のあり方検討会」は、2006年4月、「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令」(省令GCP)における治験審査委員会(IRB)の、質や機能の向上を図るために、IRBの規定を一部改正した。厚労省は、改正直前の2月に、改正案に対するパブリックコメントを募集したことから、当会は3月に意見書を公表した。

2 改正案の概要

改正案の焦点は、IRBに関し、「専門分野の委員の確保が難しい現状を踏まえ、一の治験実施医療機関では専門委員の確保が難しい場合についても、新たに外部のIRBに審議を行わせることができることとする」にある。
改正案の理由は、IRB委員の専門性が欠ける場合があり審査が形式化する、専門委員・非専門委員の確保が困難、治験実施医療機関の人的負担・経済的負担が過大、IRB委員の時間的余裕が不足、情報・資料が膨大で審議が不十分、IRB数が膨大で治験依頼者の事務的負担が過大ゆえに委員確保が困難なことから被験者の人権・安全を護る観点から問題だから等。外部IRBに全部または一部を審議させるかどうかは治験実施医療機関の長が決める、外部IRBの設置主体を拡大する等。

3 当会議が指摘した改正案の問題点

  1. (1) 厚労省は、「治験のあり方検討会」設置の前提として、治験が円滑に行われにくい原因を治験期間が長期にわたり実施コストが高いと述べる。しかし、厚労省は原因の認識を誤っている。治験期間長期化の原因は、平行して実施される同種薬の治験が競合し被験者を集めることが難しく、実施医療機関の数が多すぎ一施設当たりの被験者数が少ないという日本の特殊性による。また、コストの増大は宣伝費の増大による。真の問題点は、新薬開発が臨床的必要性よりも製薬企業の生き残りを賭けた営業戦略の一部として捉えられていることにある。
    同検討会は、改正案の説明の中で、「被験者の人権、安全等を守る」と述べる。しかし、治験審査システムの公正さや被験者の人権を保護する客観的基準や設計を先送りにしているから、この言葉はリップサービスに過ぎない。
  2. (2) 確かに、改正案の前提となる現行IRBの実態をみると、「治験の実施及びその継続の適否について審議を行うための十分な委員を確保できない」施設が多く、これを放置すべきでないという同検討会の判断は正しい。
    現行IRBからは、さらに多くの問題点が浮かび上がってくる。すなわち、a各施設間のIRBの委員構成や審議能力にばらつきがあり、研究方法の妥当性の判断や、被験者の人権擁護のために必要な専門家を構成員として持っているIRBは非常に少ない。b治験担当医以外に当該治験の妥当性を判断できる専門家がいない。c質の悪い治験を是正できない。たとえ優れた判断力をそなえたIRBを持つ機関が是正を求めたとしても、そのことが中央の意思決定に反映されない。d外部委員に対する謝礼や処遇が難しい。e 実施に値する治験かどうかの基本的判断を避けている。
  3. (3) 外部IRBで審議を行わせれば、個々の被験者・患者の人権を、より侵害するおそれが増すことになる。省令GCP27条但し書きを実質的に原則化する改正案は、本末転倒も甚だしい。現行の各施設IRBによる審査は不十分である。第1に、すべての被験者にとって、標準的医療が何であるかの判断を含む治験デザインの妥当性、有害事象の整理、データベース化等が必要であるが、それは、各施設IRBの能力を超えている。第2に、個々の被験者・患者にとって、それぞれの医療施設の医療環境における実施の適切性はもとより、個々の被験者・患者の観点からみた参加および説明や代行判断等の適正さについての審査も不可欠である。施設IRBは具体的なプロトコルに科学的ないし倫理的欠陥を見出しても改正を求めることは出来ず、施設は実施に参加するか否かの選択しかできない。外部IRBに、この第2の審査を求めることは困難である。
  4. (4) 改正案とは異なり、各施設IRBによる審査を充実・改善させつつ、それとは別に、フランスの被験者保護法などを参考にしつつ、中央IRBを被験者保護法に基づき設置することこそ「被験者の人権、安全等を守る」ことになる。
  5. (5) 改正案が提案する外部IRBは、この中央IRBとは似て非なるものでIRBの公共性、独立性、責任主体性を欠く。改正案の外部IRB構想は、治験の迅速化には役立つかもしれないが、被験者保護や治験の質的向上にはむしろ逆行する。改正案が特定非営利活動法人にまで外部IRB設置を認めるのは、IRBの公共性、独立性および責任主体性を軽視するものである。治験IRBは公共性をもつシステムであり、治験スポンサーおよび治験責任医師らから独立している必要がある。しかし、製薬企業やCROなどが設置する特定非営利活動法人もあり得、その場合、公共性および独立性が維持されるか疑問である。

4 当会議意見の趣旨

  1. (1) 改正案は、IRBの公共性、独立性、責任主体性を忘れ、製薬企業および治験実施医療機関の利益・便宜の目的にのみ合致するものであり、被験者・患者の人間の尊厳及びこれに由来する人権を尊重・保護・促進する目的ならびに治験の公正さを確保する目的に反する。省令GCPの改悪であり、撤回されるべきである。
  2. (2) 当局が改正案の施行を既に決定していながらパブリックコメントを求めるのは、人間の尊厳及び人権に関わる法制度設計への市民参加を軽視し、国民主権に沿う手続きであるかのごとき一種のアリバイ工作をするものであり、パブリックコメント制度の趣旨に反する。パブリックコメントの前提としての施行決定は撤回されるべきである。

5 これからの問題

2006年12月公表の、内閣府総合科学技術会議の報告書では、「臨床研究に関する倫理指針」を法律に基づくICH-GCPと同水準の規則とするとの目標が明示され、科学技術振興機構の提言書では、「臨床研究基本法」の立法を提言の筆頭に掲げている。「治験」以外の臨床研究において研究成果が承認申請用のデータとして活用されない、法律でない限り無過失の健康被害補償をカバーする保険契約が締結できないといった不備がある故に、研究者側がその改善のために、立法を要望している。
被験者・患者の人間の尊厳及びこれに由来する人権を尊重・保護・促進し、かつ、治験の公正さを確保することを目的とする法律案を、専門家の観点のみならず被験者・患者の観点に立って設計する必要がある。

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