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 今年5月15日、厚生省は、脳循環・代謝改善剤4成分15品目の承認を事実上取り消しました。小麦粉などで作られた全く有効成分の入っていない模擬薬(プラシーボ)と比較する臨床試験を行い薬の再評価をした結果、プラシーボとの間で効き目に差が認められず、「現時点における医療上の有用性が確認できない」というのが理由です。このように、一旦承認された薬が副作用のためではなく、「効かない」という理由で承認を取り消されるのは極めて異例です。
 今回の4成分は、先行して承認されていた「ホパテ」という薬と比較する臨床試験でホパテと同等の効果が認められたとして、86年から88年の間に承認されました。つまり4成分はホパテの承認を前提として承認されたと言えるのですが、肝心のホパテは重大な副作用のため89年2月に劇薬に指定され、市場から姿を消しました。それでも、4成分の製造販売は続けられました。ホパテはその危険性のため劇薬に指定されたが、有効性が否定された訳ではないから、ホパテと同等の効果が認められた4成分が有効であるとの結論に変わりはない、というのがその理由でしょう。
 しかし、4成分をはじめとする脳循環・代謝改善剤の有効性については、これを実際に使用した医師の間から疑問の声が上がっていました。また、現薬害オンブズパースン会議副代表の別府宏圀医師が各種脳循環・代謝改善剤の臨床試験論文を詳細に検討した結果、これらの臨床試験論文からは薬の有効性は確認できないとの結論に達し、別府医師は89年3月、TIP誌上に論文を発表しました(「ホパンテン酸カルシウム『劇薬』指定の意味するもの」正しい治療と薬の情報(TIP)1989;4:No,3)。その後も他の研究者によって脳循環・代謝改善剤の問題点を指摘する論文は数多く発表されており、脳循環・代謝改善剤の有効性に疑問があるという意見は専門家の間では広く知られていたのです。それでもなかなか動かなかった厚生省が今回ようやく再評価に取り組んだ背景には、医療費削減を求める大蔵省からの強い要請があったためであると報じられています。
 厚生省は、今回の再評価の結果について、「承認の時点では有用性があったが、その後の医療環境の変化のため、現時点では有用性がなくなった」という趣旨の説明をしています。しかし、それを裏付ける十分な資料の提供はありません。これまでの経緯に照らせば、今回の臨床試験の結果は、承認時の臨床試験の問題性を明らかにしたものというべきでしょう。

(注)「ホパンテン酸カルシウム『劇薬』指定の意味するもの」正しい治療と薬の情報(TIP)1989.4.No.3

用語説明
脳循環代謝改善剤…脳の代謝を活発にする薬理作用を持つとされ、脳梗塞や脳出血に伴う意欲低下、情緒障害を適応症とする。痴呆に対する有効な治療法がないことから、開業医も含め医療現場で広く使われてきた。

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