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●原因薬
 フィブリノゲン製剤である「フィブリノーゲン−ミドリ」「フィブリノゲン−ミドリ」「フィブリノゲンHT−ミドリ」(以上ミドリ十字−当時)、並びに血液凝固第衆子製剤である「コーナイン」「クリスマシン」「クリスマシン−HT」(以上ミドリ十字)及び「PPSB−ニチヤク」(日本製薬)。ウイルス混入リスクの高いプール血漿(多数人の血液を集めたもの)を原料とし、十分なウイルス不活化処理もなされていなかったため、製剤にウイルスが混入し感染原因となった。

●被害
 C型肝炎ウイルスの感染。感染すると多くの場合排除されず持続感染し、20年ないし30年を経て慢性肝炎→肝硬変→肝がんへと進展して死亡に至る。患者は、死への恐怖や不安にさらされながら、長期間の闘病を余儀なくされる。訴訟当時、ウイルスを排除できる原因療法はインターフェロン療法しかなく、そのインターフェロン療法も副作用が非常に重い一方で著効率は低かった。また、患者は感染症ゆえの差別・偏見にも苦しめられた。

●被害発生の経過
 被害発生当時はC型肝炎ウイルスは発見されていなかったものの、血液を介して感染する血清肝炎ないし非A非B型肝炎の存在が知られていたが、十分な安全対策がとられずに危険な血液製剤が販売された。特にフィブリノゲン製剤は、産科出血の際の止血剤として専門医に推奨され、本来適応とされた後天性低フィブリノゲン血症に該当しない軽症例にまで止血目的で広く使用されたため感染が拡大した。また、外科手術等における組織接着剤(フィブリン糊)として適応外の使用もなされた。製剤使用者の多くが産科医など肝臓病を専門としない医師であり、非A非B型肝炎の重篤性を認識していなかったにもかかわらず、添付文書に十分な指示警告がなされていなかったことも安易な使用を助長した。

●訴訟
 2002年10月以降、東京、大阪、福岡、仙台、名古屋の5地裁で提訴。2006年から2007年にかけて判決がなされ、仙台を除く4地裁でフィブリノゲン製剤について国の責任を認め、名古屋地裁は第衆子製剤についても国の責任を認めた。控訴審係属中の2007年12月23日に、福田康夫総理(当時)が「議員立法による全員一律救済」を表明し、2008年1月に国との基本合意及び和解が成立するとともに、薬害肝炎被害者に対する給付金支給を内容とする薬害肝炎救済法が制定された。

●事件後の制度改正
 国との基本合意に基づいて「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会」が設置され、その「最終提言」(2010年4月)では薬事行政の改善策が幅広く提言された。これにより、RMP(医薬品リスク管理計画)制度の導入、医薬品に関する評価中のリスク情報(いわゆるグレー情報)の公表、患者からの副作用報告制度の試行などが実現した。しかし、厚労省の強い抵抗により、2013年薬事法改正における添付文書の法的位置づけの見直しは不十分に終わり、また最終提言の目玉である第三者監視組織の創設は未だ実現していない。

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