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 日本の医師たちは優秀だ。医学部入試の偏差値はどこも高く、アタマのいい高校生の上位集団が選別されて医師になっているのだから当然のことなのかもしれない。しかしマスメディアで長く働いていた私が自らの経験を元に思い返すと、その優秀な日本の医師たちの多くが「因果関係」という言葉について正しく理解していないことに何度も驚かされた。ちょっとくらいは勉強してよ、と嘆息することばかりであった。

 例えば日本の学会発表では「こういう治療をしたらこんなに治った。以前のデータに比べたらなる△△%向上した。統計的有意差も出た」などという発表が横行していた。「薬を使った」「そしたら患者が治った」「だから薬は効いた」という論理だ。3文とも終わりが「た」なので「3たの論理」と呼ばれている。こんなものは雨乞いにも通用する。「雨乞いをした」「そしたら雨が降った」「だから雨乞いは効果があった」というわけである。非科学的な論理である。

 薬の効果をほんとうに確かめるためには、あらかじめ条件をそろえた2つの集団に対して、片方には薬を、片方には比較対照薬(あるいはプラセボ)を投与して、結果を統計的に処理する必要がある。治療したら治った、昔より成績が良いなどということは、科学的には意味のないデータだ。それを知らないお医者さんのなんと多いことか。

 因果関係への誤解は、薬の副作用についてもよくある。いま私はHPVワクチン問題に取り組んでいるが、厚労省の副反応検討部会の先生たちも、あるいは副反応報告をしている医師たちも、目の前の患者を見ただけで「この症状は接種との因果関係はない」とあっさり言い切ってしまうことがあまりに多いのだ。

 ワクチン接種と、その後に起きた症状との因果関係を厳密に証明するためには、\楴錣慮紊望評が出たということだけでは不十分で、∪楴錣鬚靴覆韻譴个修両評は出なかった、さらに症状が出たときには、必ずその前に接種がされていたことが見いだされなければならない。

 ところが現実社会で起きることは,寮楴鏝紊望評が出た女の子がいるということだけであり、△乃瓩瓩蕕譴襪茲Δ福崙韻源間、同じ健康状態の女の子が接種をしなかった」という状況は仮想世界にしか存在しない。1例を見ただけで因果関係がわからないのは、その言葉の意味からして当然の帰結なのだ。

 だからこそ接種後に起きた有害事象をすべて、できるだけ広く集める必要がある。そうして集まった多数の報告を統計的に処理して、接種後にある症状が増えているのかどうかを判断するのである。神ならぬ人間は、そうやって統計処理をしてはじめて接種と副作用の因果関係が推定できるようになるのだ。

 しかも因果関係が正しく判定できるのは、すべての有害事象が報告され、その症状が自然に起きる率も疫学データで正確に把握されているという条件が整ったときだけである。そのどちらも実現できていない我が国で、しかも1例報告を見ただけで「因果関係がない」と断言できてしまう医師たちは、不遜というか、神をも恐れぬ所業をやっているという自覚をぜひもってほしい。

 因果関係がないなどとそう簡単に言わないでほしい、正しい理解に基づいて誠実に副反応報告をしてほしい。多くのワクチン被害者と出会った私のいまの気持ちだ。

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