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●原因薬
 1973年に医療用具として輸入承認されたヒト乾燥硬膜製品「ライオデュラ」(ドイツ・Bブラウン社製)。脳神経外科手術において、切開した患者の硬膜の補填材料として使用されていた(現在はゴアテックスなど人工物を使用)。クロイツフェルト・ヤコブ病(以下、ヤコブ病と略称)の病原体に汚染された「ライオデュラ」を手術時に使用された患者らが、後にヤコブ病を発症した薬害事件である。

●被害
 ヤコブ病は、めまいなどの体調異変で発症し、数ヶ月のうちに急激に症状が進行して寝たきりとなり、通常は1、2年で死亡する致死的疾患である。病原体はプリオンという異常型のたんぱく質で、これが脳に蓄積して発症するとされる。  薬害ヤコブ病の被害者らは、脳神経外科手術でプリオンに汚染されたライオデュラを移植され、長期の潜伏期間を経てヤコブ病を発症してほとんどが死亡した。手術から発症までの潜伏期間が30年近くに達する被害者も確認されており、厚労省の委員会が確認した硬膜移植後のヤコブ病患者は147名に及んでいる(2013年9月現在)。  また、ヤコブ病は日常の接触で感染しないにもかかわらず、医療関係者や葬儀業者などの差別偏見による二次被害を受けた被害者も多い。

 また、ヤコブ病は日常の接触で感染しないにもかかわらず、医療関係者や葬儀業者などの差別偏見による二次被害を受けた被害者も多い。

●被害発生の経過
 Bブラウン社は、ドナーの選別もせず密買までして原料のヒト死体硬膜を集め、多数の硬膜を混合処理した。そのためにプリオンに汚染されたライオデュラが多数生産され、特に日本で多く使用された。  ドイツでライオデュラが医薬品とされていたのに対し、日本ではドナー選別基準など安全対策の有無も確認されずに医療用具として簡単に承認されていた。このこともあり、生物由来製品としてのライオデュラの危険性が医療現場でも適切に考慮されず、安易な使用が広まっていたと言われている。  古くからヒト組織移植等によるヤコブ病感染の危険性が指摘されており、またアメリカでは正式に製品の承認がされていなかったものの、1987年に第1症例の報告をふまえて直ちに規制措置がとられた。しかし日本の規制はそれから10年も遅れた。

●訴訟
 1996年11月に大津地裁、1997年9月に東京地裁で訴訟が始まり、国とメーカー、輸入業者が被告とされた。2001年7月、両地裁は審理終結にあたって和解を勧告し、その後、被告らの責任を明らかにした所見や和解案を相次いで提示し、2002年3月25日、厚労大臣や被告代表者らと原告団・弁護団代表者による確認書調印をふまえて第一陣原告(被害者数は両地裁合計20人)について和解が成立した。潜伏期間の長さゆえにその後も被害者の発症は続き、追加提訴と和解手続が続いている。

●事件後の制度改正、検証課題
 2002年、薬害ヤコブ病被害の教訓をふまえ、生物由来製品は医療用具であっても医薬品並みの規制とする薬事法改正がなされた。併せて、生物由来製品による感染被害を被害救済制度の対象に加える法改正も行われ(独立行政法人医薬品医療機器総合機構法の制定)、この救済制度は2004年に創設された。

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