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 2004年に提訴されてから7年目になる2011年1月7日、大阪、東京の両地裁から薬害イレッサ訴訟に関する和解勧告と所見が出された。和解勧告と所見の全文は裁判所の指示により非公開とされたが、弁護団が公表した「和解所見のポイント」によれば、イレッサの副作用としての致死的な間質性肺炎について十分な注意喚起を行わなかった点を中心に、被告国と企業の責任を明確に認め、和解により早期かつ全面解決することが望ましいとされた。しかし国、企業ともに和解勧告拒否の回答を行い、大阪地裁が2月25日、東京地裁が3月23日の判決期日に出される裁判所の判断を待つこととなった。
 今回の和解勧告拒否において国は、回答期限の1月28日付で「イレッサ訴訟和解勧告に関する考え方」とする文書を公表した。そこには和解勧告が指摘した、(1)治験外の副作用症例についても重視すべきであった、(2)副作用に関する添付文書への記載が不十分であった、という2点に対する国の反論が示されている。どちらも和解拒否の正当な根拠とはなり得ないものである。
 まず国は、(1)に対する反論として、『治験外の副作用症例についても治験のように厳格に審査すべしということを認めてしまうと、(a)治験外臨床研究への参加者の基準が厳しくなる。(b)そして状態の悪い患者で起こった副作用を理由にして、効果が期待できる患者さんへの承認適応にまで一律に制限をかけるような審査になってしまう。(a)(b)どちらも、新薬に望みを託すがん患者の治療機会を奪うことになる。』としている。これは和解勧告が、治験外臨床研究のあり方や承認審査の妥当性まで問うているかのような論旨展開である。しかし所見は、イレッサでの治験外臨床研究や承認審査の妥当性には言及していない。所見が言及していない論点を持ち出しているという点だけからも、国による反論は不適切である。勧告と所見は、治験外の副作用症例についても重視すべきであったのに国と企業はこれを軽視し危険性を警告することを怠った、その結果被害をもたらしたと指摘しているのである。和解所見は、把握した副作用情報を過小評価した判断の誤り、そして医療現場に適切に危険性情報を伝えなかった点をもって、国や企業は反省すべしと指摘しているのであり、治験外臨床研究での被験者基準をもっと厳しくすべきだったとか、承認すべきではなかったなどとは言っていない。ただしイレッサ裁判では新薬開発、承認審査のあり方にも重要な課題が提起されたという観点から、和解勧告とは別に、イレッサの開発や承認審査上の問題点を論ずることは意義があるだろう。
 では改めて、治験外臨床研究の副作用情報を厳格に審査すると、被験者基準が厳しくなるという国の主張は妥当だろうか? 治験外臨床研究はその名のとおり臨床研究なのだから被験者制限が設けられるのは当然のことであり、被験者制限の程度の違いによって、得られる副作用情報の重要性に違いが出るわけではない。ましてや、治験外臨床研究では治験のようには被験者制限を厳しくできないから副作用情報も軽視してよい、という論理は成り立たない。また副作用情報収集に最大限の努力を払ったうえで有効性とのバランスをいかに評価するか、承認適応・使用患者の制限をどうするかを決めるのが国による承認審査ではないのか? 国が「副作用を理由に一律に使用制限する審査となる」ことを危惧するなど、審査能力のなさを自ら認めているに等しい。
 次に(2)の点に関して国は、添付文書上の副作用の記載は適切だった、患者に致死的副作用の危険性が伝えられなかったのは現場のインフォームド・コンセントの問題だと主張している。これは国による、臨床現場の医師・薬剤師への責任転嫁でしかない。国の主張は、致死的な副作用の危険性は承認当時の添付文書記載で十分だった、それを説明しなかったのは医療者のミスであり被害者は処方した医師・薬剤師を訴えるべきと言っているようなものである。このような国の主張を医師・薬剤師は認めてよいのだろうか?
 判決期日には、裁判所が被害者の立場に立った厳正なる判断を下すことを切に願うものである。                    

※本稿は2011年2月18日時点の情報に基づいて執筆しています。

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