No.32 (2009-11-01)
チャンピックス(一般名、バレニクリン酒石酸塩)は、ファイザー社の禁煙補助剤です。従来の薬剤はニコチン置換療法剤で、ニコチンパッチが標準剤として用いられており、他にニコチンガムがあります。これに対しチャンピックスは、新しい作用機序の内服剤であることが特徴です。
米国では、ファイザー本社が2006年5月に「チャンティックス」の商品名で販売を開始(以下、本稿では引用部分を除き「チャンピックス」と表記します)、日本では欧米のデータを用いるブリッジング開発(※)が行われ、2008年1月に承認を取得、同年5月に販売開始されています。
米国では、日本で承認される以前の2006年5月から2007年12月の期間に、FDA(食品医薬品庁)は、227件の自殺行動・自殺念慮、397件の精神病の可能性、525件の攻撃性といったチャンピックス服用時の有害事象の報告を受けています。FDAは2007年11月に、本剤のこれら精神神経障害の有害事象に着目して安全性を再検討中であると発表し注意喚起を行っています。それにもかかわらず、厚生労働省は2008年1月に承認条件を付すこともなく本剤を承認しました。
FDAは、検討の結果、チャンピックスとこれらの有害事象とが因果関係をもつ可能性が強まったことで、2008年2月「公衆衛生勧告―チャンティックスに関する重要情報」を発出するとともに、添付文書の改訂と、調剤する薬局を通じ患者への注意喚起の徹底を図るメディケーションガイド(患者用説明書)の作成を企業に指示します。
FDAはさらに2009年7月1日、チャンピックス服用時の精神神経障害のリスクを、添付文書中では最も重大な警告である「枠付き警告」に記載するよう指示しました。それとともにすでに精神神経系異常のある患者での副作用の頻度、種々の禁煙療法中の患者での副作用頻度を明らかにする市販後臨床試験の実施を企業に求めています。
このように米国では、因果関係が未確定な時点から安全対策がとられ、因果関係の疑いが強まるにしたがって安全対策を強化してきています。
チャンピックス服用時の他の重大な有害事象に交通事故があります。2006年5月から2007年12月の期間にFDAに報告された有害事象には、事故につながるものが173件あり、うち28件は交通事故です。米国航空局は飛行機の操縦士がチャンピックスを服用するのを禁止しています。
当会議では2009年7月6日、チャンピックスの安全対策に関する要望書を厚生労働省とファイザー社(日本法人)に提出しました。要望内容は次の通りです。
1. 添付文書の改訂 ①精神神経障害の有害事象が報告されていることを「警告」欄に記載、②これらの症状が本剤を服用しながら喫煙を続けている患者で報告されていることを明記し、禁煙によって起こったと思わせる不適切な記載を改める、③車の運転等をしないよう患者に指導する旨記載、④本剤の適応をニコチン置換療法が使えない場合に限定
2. 米国FDAが行っている取り組みも参考に、リスク軽減の取り組みを強化
3. 適切な対照群があり、薬剤投与と重症の精神神経障害との前後関係が明確になるデザインでの薬剤疫学研究の実施
このうち、3の比較群を置いた薬剤疫学研究の実施の要望は、決して「試験結果待ち」を許すものではなく、「因果関係が確定していない段階でも安全性対策は行うべき」という立場を前提にしています。このような要望を出すことは、タミフルによる異常行動が信頼性の低い研究で評価されていることをふまえた新たな試みですが、日本では薬剤疫学の活用など薬剤安全性監視への科学的手法の活用が欧米に比し大きく遅れていますので意義深いことと考えています。
※ブリッジング…薬の承認は、国内で実施された臨床試験データをもって有効性・安全性を評価するのが原則である。これに対し、国内で民族的要因による影響を評価するための小規模な試験を行なうことにより、海外臨床試験データを日本に外挿(ブリッジング)して評価することが、98年に認められた。