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臨床教育はまず患者の話をきちんと聞くことから始まる。患者がどんなことで異常に気づき、どんな症状を訴え、どんな不安があるのか、それを知らなければ、そのあとに続く診断や治療も見当違いの方向に走り出してしまうからである。
ところが、専門用語に慣れ、医学的な論理の立て方にも馴染んでくると、医者は次第に患者のいう訴えを聞かなくなる。勝手に解釈し、自分の頭で都合のよいように話を組み立てるから、ときどきとんでもない誤りをおかすことになる。
 つい先日もこんなことがあった。糖尿病の既往がある患者さんが脳梗塞で倒れたため、専門病院に紹介した。そこそこの評判は得ている病院だったのでこちらも安心していたのだが、ご本人とその家族はしきりに体調の不良を訴えていた。入院前と比べて糖尿病のデータがひどく悪化しているという。担当医に説明を求めるのだが、ろくに話も聞いてくれないらしい。こちらも紹介した責任を感じ、気になって転院先の病院あてに書かれた紹介状をみせてもらったところ、謎が解けた。糖尿病患者には絶対に出してはならないはずの薬が、入院中ずっと処方されていたのである。添付文書をみると、その冒頭には、太い線で囲まれた四角の中に赤い文字で「禁忌:著しい血糖値の上昇から、糖尿病性ケトアシドーシス、糖尿病性昏睡等の重大な副作用が出現し、死亡に至る場合がある」と記されている抗精神病薬だった。抗精神病薬など、どう考えても不必要な状況だったから、すぐに服用を中止したところ、1週間ほどで血糖値は正常になり、その患者さんはいま元気に訓練に励んでいる。
大事な心構え、それは外来・入院いずれにおいても、片時も気を許さず、どんな薬が使われているかを確認することだと、あらためて思い知らされたのであった。

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