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2007年10月21日(土)、日本薬剤疫学会 特別招待講演として、マリオ・ネグリ薬理学研究所(イタリア)所長のシルビオ・ガラティーニ教授が講演されました。講演タイトルは「臨床試験は本当に患者の利益に役立っているか?」。
シルビオ・ガラティーニ教授は、ミラノ大学で薬理学の副教授を務めた後に現在のマリオ・ネグリ薬理学研究所創設時から所長となり、このマリオ・ネグリ研究所を欧州有数の研究機関に育て上げました。教授は、欧州医薬品評価局(EMEA)の委員を務めるなど、数々の要職を歴任された方でもあります。また、今回の講演タイトルが示すように、医療専門家・医学研究者が果たすべき役割や、患者・一般社会に対する責任についても 厳しい視点を持ち、機会あるごとにLANCET, BMJ誌などに論説を発表してきたという経歴の持ち主でもあります。
ガラティーニ教授の講演要旨は、次のようなものでした。
「臨床試験、特に ’ランダム化比較試験’ といわれる医薬品の有効性と危険性を評価するための臨床試験は、科学的根拠に基づく医学の基盤となるものである。しかし、今日その臨床試験の多くは製薬会社の資金提供によって行われ、巨額な商業的利益によってコントロールされている。その結果としてもたらされているものは、臨床試験結果へのバイアス(正しい結果を歪めるもの)と、そのバイアスが生み出す、試験薬における利益の過大評価とリスクの軽視である。」
このような臨床試験における問題点指摘として、教授は、実際の医薬品の臨床試験結果例をあげながら、具体的には次のような項目を提示されました。

・臨床試験の対照としてプラセボが過剰に使用されている。
・本来は優越性試験が優先されるべきなのに、同等性または非劣性試験が多用されている。
・本来、薬の使用者となる患者群とは異なる人を対象にして試験を実施する(たとえば、実際にその薬を使うことになる患者は高齢者が中心であるが、臨床試験は比較的若年層で行うなど)。
・有効だという結果を出すために都合のよい比較対照を用いる。
・代理の評価指標(例えば抗癌剤であれば、真に患者の利益に結びつくような死亡の減少ではなく、癌マーカーの値が低下するなど)や複合エンドポイント(異なる複数の疾患や症状をまとめ、いっしょに扱う)を用いて、真の有効性評価を行わない。
・特定の副作用が少ないことだけに焦点をあてることによりその薬の利点を強調し、結果として他の副作用も含めた総合的な危険性評価をあいまいにする。
・有効性を示した臨床試験、すなわち製薬企業に利益をもたらすであろう試験結果を選択的に出版・公表する。
・承認され市場に商品として出た医薬品の有効性・安全性は、実は暫定的なものでしかなく、市場での使用経験と、更なる有効性と安全性検証のための臨床試験が求められるものであるが、そのような臨床試験はほとんど実施されない。

ガラティーニ教授は結論として「新薬承認における第3相試験は2つ以上行われるべきであり、そのうちの1つは、当該製薬企業とは独立の組織が実施すべきである。そしてそのような、企業から独立した臨床試験の実施をサポートする基金の設立が求められる。また、医薬品承認のために行われる試験(基礎研究、臨床試験どちらも)情報は全て公開されるべきである。」と締めくくられました。
現代における医薬品の臨床試験が抱える問題点、それも、製薬企業や行政の立場からではなく、患者の利益という視点からの問題点を余すところなく、的確に、かつわかりやすく解説し、さらにそれに対する解決策まで具体的に提示された講演であり、日本における臨床試験の実状に対して示唆に富む内容でした。

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