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(意見書提出報告)
 ここ1〜2年、うつ病、尿失禁、アルツハイマー病など様々な病気の患者をターゲットとする治験について、被験者を募集する新聞等の大々的な広告が目立つ。応募資格は漠然としているから、書かれている症状に心当たりのある者は自分も応募しようと考えるかもしれない。そこにどんな落とし穴があるだろうか。
 薬害オンブズパースン会議は、2001年8月9日、厚生労働省、製薬協、日本医学会および日本医師会宛てに、被験者募集広告の中止・適正化等を求める意見書を提出しホームページに公表した。現行の広告は、公正な情報の提供ではなく承認前の医薬品等の広告を禁止する薬事法68条の脱法行為にあたること、個別化された最善の医療がゆがめられ、被験者の自己決定が他者の目的に利用されるおそれがあることを主な理由としている。
 同会議は、意見書が真摯に検討され、被験者募集の実情のみならず、治験そのものの問題点が抜本的に改善されるよう求めている。

(意見書の要旨)
 広告は、「治験の空洞化」対策として登場した。「治験を円滑に推進するための検討会」の報告を受け、厚生省は「治験に係る被験者募集の情報提供の取り扱いについて」(1999)において、治験薬の名称等を表示しない場合は広告に該当しないとした。広告はこの行政指導に基づいている。
 現行の広告は、治験への参加資格条件を情緒的に広げ不安を梃子に呼びかける点、治験の負の側面について情報提供がない点で共通している。客寄せ広告そのものと考えられ、公正な情報の提供とは言えない。     
治験の問題点は、薬事法に基づくGCP(基準)が医プロフェッショナルの責任と結びついておらず被験者保護に欠けること、治験の制度的環境整備が不十分なことである。担当医には、研究者としての仮説の検定を成功させる義務と、眼前の患者にベストを尽くすヒポクラテス以来の伝統的な医師としての義務との、義務の衝突のおそれが内在しているから、担当医が広告システムのセーフティネット たりうる保障はない。
 診療の現場で、標準治療法が存在するときは、通常はそれを行い、それが功を奏しないとき、または副作用のおそれからそれが使えないときに治験も選択肢に入ってくるのが原則である。
 情緒的で漠然とした広告情報で強く印象付けられ参加意思が生じその方向で動き出すと、情報操作は容易になる。標準的治療法や治験の負の側面を患者の病歴・診断像とつきあわせた冷静かつ合理的な検討はおろそかになり、病気をかかえた素人に先ず治験への協力を検討させることになる。広告は個別化された最善の医療をゆがめるおそれがある。患者が参加を申し出ることで、担当医には、広告中の治験に参加させることを他の選択肢より優先させる方向での圧力が働くおそれがある。具体的患者のための個別化された医療の見地から不適正な被験者選定が行われ、プロフェッショナルの自律的判断を歪めるおそれがある。
 説明同意文書は、治験依頼者(製薬企業)の案文を鵜呑みにしてそのまま使用されることが多い。案文には、標準的治療法や治験の負の側面について、情報がないか、素人の目を眩ませ、錯覚させるミスリーデイングなものが多い。自己決定は容易く他者の目的の道具として利用されてしまう。
 ヘルシンキ宣言は、治験デザインの公開を規定している。情報の非対称は決定的である。患者は、セカンド・オピニオンを求めるすべがないのが実情である。企業秘密部分を除き、プロトコルの閲覧・謄写権を保障する環境整備も必要である。
 以上の理由から、(1)厚生労働省に対しては、現行の広告は中止し、適正化のための措置をとることを求め、(2)日本製薬工業協会に対しては、広告は中止し、その適正化のため、標準治療法や治験の負の側面について公正な情報提供をすることなどを加盟各社に助言するよう求め、(3)日本医学会および日本医師会に対しては、標準的治療法に関する情報を市民に公開・提供する公的システムを構築すること、標準治療法が存在するときは原則としてそれらが功を奏しないときに治験も選択肢に入ってくるとの個別化された医療の指針を作成し医師に周知徹底・遵守させること、治験への参加を検討する者にプロトコルの閲覧・謄写を求める権利を認めるなど治験のデザインが公開されるシステムを構築すること、治験責任医師が標準治療法や治験の負の側面につき公正な記述をするよう助言をすることなどの諸施策を実行するべきである。

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