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 新GCP体制と前後して日本では被験者の参加が得にくくなったとして「治験の空洞化」が懸念されてきた。薬事法§68は承認前の医薬品等の名称、製造方法、効能、効果または性能に関する広告を禁止している。そこで、「治験を円滑に推進するための検討会」が1999年「薬事法においては、治験薬の商品名が特定しない範囲で治験薬につき情報提供を行うことは可能である」と報告し、厚生省は、「治験に係る被験者募集の情報提供の取り扱いについて」(99・6・30医薬監第65号)を出し、治験薬の名称、治験記号等を表示しない場合は広告に該当しないとした。製薬協は2000年3月に「治験に係わる被験者募集のための情報提供要領」を策定している。
 被験者募集広告は、そのころから、新聞、インターネットなどのメディアに登場している。広告の内容は、被験者選定条件を曖昧にし不安を梃子に参加を呼びかける点、具体的治験のデザインのうち、治験の具体的意義、実験性、危険性に関する部分が掲載されない点で共通しており、情報の提供とは言えず、いわば客寄せ広告の観を呈している。製薬企業によれば、数千万円の広告費をかけても同意取得率は高く十分に元が取れるという。
 医療現場では標準治療法ないし第一選択の薬に反応して功を奏さないときに治験も選択肢に入ってくる。しかし、被験者募集広告は、素人に先ず治験への「協力」を考えさせる。個別化された医療の筋道は段階的実施であり、広告は個別化された良質かつ適切な医療をゆがめるおそれがある。最終的には医師が判断するから広告内容の偏りは問題ないと言うのは、治験に経済問題がからむ一方、治験が医師にとって片手間仕事である現実から遊離した考え方である。
 GCP上は治験責任医師が作成することになっているが製薬企業の案文がほとんどそのまま使用される説明同意文書には、素人の目を眩ませ、錯覚させるミスリーデイングなものが多い。製薬企業から支払われる研究費等は医師や医療機関の収入源であり、広告文を治験審査委員会が十分に審査することは期待できない。治験現場でインフォームド・コンセントが確保されれば問題ないと言えないところに問題がある。情緒的でミスリーデイングな広告で強く印象付けられ、一旦、参加の方向で動き出すと、途中で引き返すにはエネルギーが要る。インフォームド・コンセントは容易にミスインフォームド・コンセントに変質してしまう。
 製薬協は情報の提供と広告を同視している。しかし営利的な広告の自由は、公共の福祉による制約が他の表現の自由よりも厳しい。医学研究デザインは公的に入手可能でなければならないとヘルシンキ宣言は新たに規定した。医薬監65号は、薬事法§68の脱法を示唆するものであってはならず、あくまでも情報の提供と評価できるものでなければ違法であると考えられる。なおインターネット・コールセンターによるスクリーニングには医師法違反の問題もある。
 被験者募集広告が許される前提条件として、少なくとも、医学会としては、[1]疾患ごとに標準治療法ないし第一選択の薬剤を市民に情報公開ないし情報提供する公的システムを構築すること[2]標準治療法等の指針を作成して医師に周知徹底させること、製薬協としては、[1]広告文中に各疾患の標準治療法等の有無・内容、プロトコルの概要、なかんずく開発段階・意義・実験性(プラシーボ使用の有無・確率、二重目隠し法・無作為割付の有無等)、危険性などネガティブな側面についても明瞭な記述をすること[2]積極・消極を含む治験結果を同じ媒体で公表すること[3]テレビ広告はその強い影響力を考慮して当面自粛すること、などを加盟各社に指示助言することが必要であろう。

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