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 この訴訟は函館の夜から始まった。函館のタイアップが発足した平成10年5月23日の夜、函館湾のレストランでジョッキを傾けながら、浜さんと効かない脳循環・代謝改善剤を売りまくったメーカーの責任を追及する方法がないだろうかと語り合っている時、このアイデアが浮かんだ。
 改めて説明するまでもなく、ここでいう効かない脳循環・代謝改善剤とは、昭和61年から昭和63年までの間に承認され、約8750億円の売上げを記録し、平成10年5月19日再評価の結果、有効性が認められないとして、その承認を事実上取り消されたアバンなどの4成分5品目を指す。
 本来は効かない脳循環・代謝改善剤を投与された患者本人が立ち上がるのが望ましいが、そのような薬が投与されたことを正確に理解し、メーカーや厚生省のやり方に憤りを持ち、長期間の訴訟を引き受けてくれる原告を探すのは容易なことではない。しかし、原告がいないことには裁判は始まらない。途中で訴訟を降りたいなどと言い出さない意志のはっきりした原告はいないものだろうか、と話し合っている時に、「自治体病院ならば市民が病院(自治体)に代位して住民訴訟を起こし、代金を返せといえるかもしれない」ということになり、一気に前が開けた。二人のビールのピッチが速まったことはいうまでもない。
 しかし、落ち着いてよく考えてみると、自治体の経営する国民健康保険から医療機関に支払われたこの薬剤に関する保険給付の金額の方が、はるかに大きいはずであり、これを見過ごすわけにもいかないということになり、[1]国保から出された保険給付の返還、[2]病院が支払った薬剤の代金の返還、の2つのルートで責任追及をしようということになった。[1]については多数の自治体に住民監査請求を行ったが、住民訴訟としては、世田谷区と仙台市の国民健康保険から支払われた給付金の返還をメーカーに求める、2つの住民訴訟を提起した。[2]については、仙台市立病院が平成7年度から平成9年度にかけて、卸売業者6社に支払った4成分の代金7940万円の返還を求める住民訴訟を提起した。[1]の住民訴訟は、各医療機関にいつ、どの薬剤の分として、いくらの金額を支払ったのかの特定が難儀を極め、世田谷区の持っている返還請求権の特定ができなかったことにより、一審は請求却下の敗訴であった。控訴したものの、控訴審も裁判長の訴訟指揮からして敗訴の見通しが強かったので、悪しき高裁判決を残さないとの観点から判決直前、控訴を取り下げた(一審判決確定)。そして、[2]に集中するために仙台の[1]訴訟も取り下げた。[2]の訴訟は、住民訴訟の土俵に乗せまいとする被告卸売業者の数々の反論を退け、ようやく来年3月6日別府証人の尋問にこぎつけた。被告が並べ立てた反論は、「売った時から1年を過ぎているので、監査請求の期間を徒過している」「契約を解除するかどうかは、契約を締結した自治体の判断にゆだねられるべきことであり、住民が勝手に解除できない」「錯誤による無効の主張も同様であり、自治体が錯誤無効の主張をしていない場合には、住民はそれを主張できない」「代金を返せという債権は公租公課によって形成されたものではないから、住民訴訟の対象となる『財産』に含まれない」「病院は患者や保健から料金等をもらっていて損失はない。従って住民訴訟は起こせない」等々である。これらを1つ1つ取り除いて、やっとのことで別府証人の証人尋問が採用された。別府さんには、4成分は始めから効かなかったこと、従って厚生省の承認取り消しは遅きに失したものであることを証言してもらい、被告の「薬は制度的商品だから取り消しがあるまでは有効」とか、「まったく効かないと判断されたわけでない」といった反論を打ち破ってもらいたいと期待している。

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