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 「安全な薬を使用することが薬物治療の大原則であり、効果が同程度なら、より安全な薬が選択されるべきである。」トログリタゾンを巡る今回の事態は、この言葉を地で行くような出来事でした。効果が同程度ということで、より安全な薬(ピオグリタゾン)にトログリタゾンがその地位を奪われたのです。
 しかし、もう一度考えてみましょう。一体誰が、ピオグリタゾンの方がトログリタゾンより安全だと言っているのでしょうか。
 ピオグリタゾンやトログリタゾンの安全性および有効性に関する文献は、そのほとんどが当の製薬会社が発表したものなのです。数少ない総説や解説にしても、その下地はこの例を免れることがほとんどありません。
 ピオグリタゾンとは、果たしてどんな薬物なのでしょうか。ピオグリタゾンやトログリタゾンは、2型糖尿病の治療に用いられるインスリン抵抗性改善薬と呼ばれる薬物で、チアゾリジン誘導体(チアゾリジンジオン誘導体と呼ばれることもある)に属し、化学的には同一の骨格構造を持っています。ピオグリタゾンはトログリタゾンより安全なのでしょうか。
 薬理学では、同一の骨格構造を持つ薬物は、同一の作用機序(メカニズム)により作用を現わすと考えられています。そして、作用機序が同一な薬物であれば、類似した薬理作用を持つばかりか、類似した副作用を引き起こすと考えられています。すなわち、トログリタゾンの重篤な肝機能障害はチアゾリジン誘導体に共通した問題と考えられるのです。事実、同じチアゾリジン誘導体であるロシグリタゾン(米国ではすでに承認されており、我が国でも近々承認が予想される)の場合にも、トログリタゾン様の肝機能障害が報告されています。
 重篤な肝機能障害の発症報告を受けて、厚生省や製薬会社がようやく決めた月1回の肝機能検査を行った場合でも、トログリタゾンによる肝機能障害は防げなかったことを忘れてはなりません。万が一、ほかのわずかでも異常が認められたら、躊躇なく投与を中止することが必要です。患者の皆さんは、肝機能障害の自覚症状(悪心、嘔吐、腹痛、疲労感、食欲不振、尿の濃染など)について、徹底的に聞きただしておく必要があるでしょう。
 ピオグリタゾンには心機能への悪影響もあります。一般に、糖尿病に伴う心疾患は心不全になりやすく、長期予後が不良です。したがって、長期投与されることの多い糖尿病治療薬の心機能への作用や心疾患の長期予後におよぼす影響は、臨床上重要なポイントとされています。それでもなお、ピオグリタゾンを使いたいというのであれば、せめて添付文書には「警告」情報を書き入れ、心疾患患者には禁忌とされてしかるべきだと思われます。また、循環器や腎臓の疾患を合併しやすい高齢者の場合には、慎重な選択が行われるべきでしょう。
 兎に角、ピオグリタゾンが、難治性の2型糖尿病の有効な治療手段の一つとなるためには、これからもあらゆる視点から監視され続ける必要があります。

用語説明
アクトス(ピオグリタゾン):
インスリン非依存型糖尿病でインスリン抵抗性のある患者の血糖値を下げるための薬。ノスカール(トログリタゾン)の類似薬。1999年11月薬価収載。浮腫が約1割ちかく発現し、心毒性が懸念される。開発・発売は武田薬品工業株式会社。

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