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 サリドマイドは、1957年から数年間に西ドイツ、イギリス、日本、スウェーデンなど世界十数カ国で発売された睡眠・鎮痛剤でした。この薬剤によって、手足に欠損を負った子どもたちが生れました。サリドマイド被害児は世界全体では3000人以上といわれ、日本でも309人が被害児として認定を受けました。これが「サリドマイド事件」です。その中の一人として、1963年に私も極端に短い腕をして生れてきました。私の腕は肩から直接手首がついているような格好で、大福餅くらいの手のひらに関節のない指が3本あるだけです。
 サリドマイド剤による影響は手指の奇形にとどまらず、心奇形をはじめ消化器系のさまざまな部位での閉塞・狭窄・ヘルニア、胆嚢や虫垂等の欠損もありました。内臓に障害を抱えた重度児の殆どは、流産や死産となってしまいました。死亡率は50%ともいわれ、実際の被害総数は国内でも1000〜1200人と推定する医師もいます。多くの尊い命が犠牲になっているといえます。
 幼少期の私は病弱で不整脈が続き、10年もの入院生活を送りました。その中で医者や看護婦さんを始め多くの人々に励ましを受け生きてきました。しかし、実際には不自由な体で生きていくということは大変なことでした。「将来、何になりたいのか」という子どもなら何度も尋ねられる質問を、当時子どもの私に向けてくれる人はいませんでした。
 これほど悲惨な大量薬害を起こしたサリドマイド事件も、40年以上過ぎて当時の辛い出来事も薄らぎつつあったのですが、ここへ来てブラジルで新たにサリドマイド児が生れているという話を、ブラジルサリドマイド被害者協会からの手紙を読みました。
 1965年にイスラエルの医師がハンセン病の治療に効果があったという報告の後、ハンセン病患者の発生が多いブラジルで、サリドマイド剤がハンセン病の痛みを緩和する薬として医者の管理下で使われていました。
 しかし、副作用に対する注意・指導が徹底されず、第二のサリドマイド児が生れていると言うことでした。最近発売された海外の医療雑誌で、200人以上の被害が確認されたという記述があったそうです。
 現在サリドマイド剤はハンセン病の治療のほかにも、癌などの治療薬として有効性が研究され、医者の管理下で治療に使おうという動きがあります。有効性と安全性を確認しながらネガティブな情報も伝えられた上で、慎重に対処して欲しいというのが私の願いです。なぜならサリドマイド剤が現在も胎児に奇形をもたらす薬であることには変わらず、飲む人がいるかぎり被害が続く可能性を秘めているからです。
 薬害被害者の当事者として同じ哀しみを再び誰かが背負うことがないよう、薬害防止のために少しでも関わりたいと切に願っています。

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