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●原因薬
 成分名キノホルム。スイスのバーゼル社(後のチバガイギー社)が、外用消毒薬として開発。日本では、戦前からアメーバ赤痢治療薬として使用されていたが、太平洋戦争中に日本軍で使用された例がほとんどだった。戦時下に劇薬指定が解除されて徐々に適応が拡大され、戦後は胃腸薬、整腸薬、栄養剤として186種類が販売された。

●被害
 スモンとは、亜急性脊髄・視神経・末梢神経障害という症状の英語の頭文字をとったもの。下痢や腹痛等の腹部症状に続いて神経症状が発生し、下肢麻痺、激痛を伴う歩行障害、視力障害など、全身に影響が及ぶ。その治療はきわめて困難であり、現在も国の難病対策の対象疾患とされている。日本では1955年頃から発生し、1965年頃からは全国各地で集団的に発生。当初は原因不明の奇病とされ、その後誤ったウイルス原因説の報道により「うつる病気」として差別偏見の対象となったこともあって、全国で500人を超す自殺者を出した。

●被害発生の経過
 キノホルムの劇薬指定解除は軍用での利便性を高めるためだったとされる。戦後、製薬企業は、もともとは劇薬として慎重に使用され、動物実験でも強い毒性が報告されていたキノホルムを、十分な安全性調査をしないまま適応を拡大し、一般用医薬品として大量販売した。厚労省は、その製造販売を承認し、キノホルムの神経障害の報告が出された後も、承認取消等の規制権限を行使しなかった。1970年に疫学調査に基づくスモンのキノホルム原因説が発表され、翌年にキノホルムの販売・使用が中止されるまで、1万1000人余りのスモン被害者を出した。

●訴訟
 スモン訴訟は、1971年、国及び製薬企業を被告として、東京地裁に提訴されたのを皮切りに、全国27地裁に広がった。1978〜79年にかけて全国9つの裁判所で原告勝訴の判決が相次いで出され、1979年9月15日、原告団と国・製薬企業との間で和解が成立した。

●事件後の制度改正
 スモン事件を契機として、1979年に薬事法の大改正が行われた。薬事法の目的として医薬品の有効性・安全性の確保が明記され、承認時の有効性・有用性審査、医薬品の再評価、副作用報告といった、サリドマイド事件を契機として行政指導で行われてきた制度を薬事法上の制度として整備。さらに、治験に関する規定の整備、再審査制度の導入、承認取消権や販売停止・回収等被害防止措置の命令(緊急命令)権といった行政の権限に関する規定の新設など、現在の薬事制度の基礎はこの改正で整えられたといえる。また、長く苦しい訴訟をたたかった原告たちによる、『被害者が訴訟をしなくても救済される仕組み』を求めた運動が、医薬品副作用被害救済制度の創設に結実した。

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