閉じる

 医療記録とは、医師の診療録、各種検査所見、手術処置の記録、処方、看護師や薬剤師など医療スタッフの記録等をいう。いわゆる「カルテ開示」は大概これら全部を含む。どこの医療機関でも、開示請求をすれば自分の医療記録を見ることができるが、診療情報の提供に関するガイドライン(厚生労働省2004)では、第三者の利益を害するおそれのあるときと、治療に悪影響を及ぼすと主治医が判断するときには拒否できるとしており、多くの病院がこれに倣って対応している。

 医療記録は誰のものだろうか。所有者は保管義務のある医療機関だ。記録した(作成義務のある)医療スタッフの経験知の集積でもある。専門資格などを取得するのに、経験の証明として使われる。疾病統計や疫学情報として利用されているという観点からいえば公共のものともいえる。患者個人に関する情報であり、適切な取扱いが求められるようになったのは2005年の個人情報保護法施行からだ。秘密を守られるだけでなく、患者が自身の情報にアクセスしその正確性や最新性を期したり、収集や取り扱いの範囲を限定し、同意のない目的外使用が禁止された。患者が自分の情報をコントロールすることが権利として認められたといってよいだろう。

 ところで、ある医療行為や薬剤などの、その時にはわからなかった害やその可能性が、後になって判明するということがある。そのとき医療者はどうすべきだろうか。HIVは隠し続けたことで被害が広がった。ヒト硬膜やフィブリノゲンは、それを使ったことすら知らない被害者がまだ多数いると思われる。医療記録が廃棄されて調べられないこと、用途範囲が広く使用者特定が困難なこと等がその理由だ。

 厚労省は1997年に、未知の病原体による感染等のリスクに対処するため、血液製剤などの特定生物由来製品の使用記録、ロット番号の10年間保管を義務づけ、2003年には20年に延長した。使用を特定できても、それによる感染等を証明するのは難しい。

 C型肝炎はかつて非A非Bと呼ばれ、病原体を特定できていなかったわけだから、使用前の非感染を必ずしも証明できない。硬膜の場合は発症したら治療法がなく発症の予測もできない。学会や多くの病院が「知らせることは打撃を与えるだけで、患者の利益にならない」と、聞かれたら答えるという立場を固持した。利益になるかならないかは患者自身が決めることだ。患者が決められるように支援するのが医療者の役目だろう。

 知らせることが患者に打撃を与えるという考えは、いまなお開示拒否の論拠となっている。患者と医療者が事実を共有してこそ、今後の事態に一緒に向かっていけるそのスタートだと思うのだが…。

 特定のリスクに限らず、そもそも医療を進めるうえで情報の共有は基本だ。申請しなくても自分の記録にアクセスできる情報環境の整備や、患者自身が医療記録を管理することも現実的な課題だろう。

閉じる