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 ちょうど1年前の今頃、新聞ではイレッサによる副作用症例の報告、死亡例報告が相次いでいました。2002年10月15日には間質性肺炎などの急性肺障害26人、うち死亡13人と発表されたかと思うと、翌週の10月23日には急性肺障害125人、死亡39人とまたたく間にその数字は塗り替えられ、いったいこの先どうなるのかと思わせられる状況でした。7月に承認されてから10月までの3ヶ月間に、イレッサは約1万4千人に使用され、売上高は約25億円と言われていました。
 あれから1年、イレッサをめぐる状況はどうなったでしょうか? 最近では、副作用問題が新聞紙上に取り上げられることもなくなりました。しかし、イレッサ製造元のアストラゼネカ社によると、2003年7月現在のイレッサ使用者数は推定約3万5千人、間質性肺炎発症例698人、うち死亡278人、そして売上高約101億円とのことです。高血圧や糖尿病のような、対象患者数が何百万人からときには1千万人以上という疾患の薬の中には、年間売上高が数百億円というものもあります。しかし年間患者数が数万人程度の薬で売上高が100億円を超えるというのは異例のことです。つまりイレッサのこの1年は、市販直後にいっきに肺癌薬市場に拡大したその後も、売上げを着実に伸ばしつつ、副作用被害も確実に積み上げられてきた1年だったと言えます。
 1年前のある新聞には「イレッサは、癌細胞にある上皮成長因子受容体に結合し、チロシンキナーゼという酵素の働きを妨げて癌の増殖を抑える分子標的薬。癌細胞だけに作用し、正常な細胞を傷つけにくいとされる。」という文章が載っていました。しかしその後の「夢の新薬」の真の姿はどうだったでしょうか? 「癌細胞での上皮成長因子受容体(EGFR)の発現程度と、この薬の効果の間には関係がないらしい」、「どのような人に重い副作用が出やすいのかは使ってみないとわからない」など、イレッサを使用していくうえで問題となるさまざまの点が、多くの犠牲者を出したあとの今頃になって、ようやく肺癌治療専門家の間でも指摘され始めています。しかしこれらの点は、実は臨床試験の段階である程度は明らかになっていたはずのことでした。
 日本で1年間に肺癌で亡くなる方は約5万6千人といわれています。そして、発売以来約1年の間にイレッサを使用した肺癌患者さんが3万5千人という数字からも、いかに多くの患者さんがイレッサに望みを託したかがわかります。そして300人ちかい方々が、イレッサの副作用で亡くなっていきました。これらの値からイレッサによる副作用発現率約2%、死亡率は0.8%という値が計算されます。イレッサの効果を重視する専門医からは、このような値は同様の抗癌剤と比べて特別高い値ではないという意見も言われています。しかし、その数字がイレッサ使用の真の実態を反映している正確な値かどうか(使用した患者さん全員を正確に追跡して調べた値かどうか)が重要なポイントですが、イレッサでは全例調査は行われませんでしたから、実際はもっと大きな数字である可能性があります。そしてそれ以上に大切なことは、何万人の中の一人であろうとも、副作用被害にあった方にとっては数字は常に100%ということでしょう。
 イレッサによる副作用被害はもう過去のもの、ではありません。今も続いている現実です。このことを1年後の今改めて認識する必要があります。そして、今後もし仮に、何らかの対策が講じられて新しい副作用被害発生は防止されるようになったとしても、すでに起きた副作用被害の事実が消えるものでもありません。ひとりひとりの副作用被害者の方々に起こった事実を思い出し、覚え続けていく努力も、薬害対策のうえで忘れてはならないことだと思います。

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