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 薬の副作用や薬害の話になると、薬自体の危険性や欠陥が原因だと思われがちである。もちろん、新薬の開発・承認の段階で、その候補物質にはどんな性質があるかを丹念に検証し、ヒトに投与しても安全であることを確認する作業は徹底してほしい。しかし、過去の主要な薬害事例を振り返ってみると、その後に続くマーケティング戦略こそが、実は被害を生じたり、拡大する大きな原因となっていることに気づく。たとえば、サリドマイド、スモン、薬害肝炎、イレッサなど、どれもみな根拠のない適用拡大が多数の被害者を生み出す原因になっていることを忘れてはなるまい。
 図1は日本におけるスモン裁判で、原告被害者のために貴重な証言を行ったスウェーデンの小児科医オッレ・ハンソンの著書から引用したものである。これは、1983年にチバガイギー社(スモンの原因薬キノホルムのメーカー)が、スイスのビラールで自社製品の販売戦略を立てるために開催した国際会議のプログラムに描かれた漫画だが、「すでに市場に出ている製品で、よりいっそう業績を上げよう」というスローガンの下には唇をゆがめながら力一杯レモンを絞り込んでいる男の姿がある。果汁は一滴たりとも逃さないぞとでも言いそうな、その表情には、企業の利潤追求の強い意思が感じられる。薬以外の商品なら、このような戦略に違和感を感じることは少ないかもしれないが、人間の生命や健康に関わる商品がこのような姿勢で適応を拡大され、販売されることには何か背筋の寒くなる思いがする。
 6月5日薬害オンブズパースン会議は、「医薬品の安全性と製薬企業のマーケティング」というテーマでシンポジウムを開催したが、そこでも、このような企業体質の問題が論じられた。第一部では、デレリー・マンギン医師(ニュージーランド)とデービッド・ヒーリー教授(イギリス)が、選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)の妊婦に対する危険性を講演し、この薬をメーカーがどのような販売戦略で市場に売り込んできたかが紹介された。妊婦が服用すれば胎児に先天性心疾患を生じる危険性があることを知りながら、これを女性のための第一選択抗うつ剤として売り込む破廉恥さ、巧みな対消費者直接広告(DTCA)、アカデミアと企業の癒着、ゴースト・ライターによる情報操作、データの歪曲と証拠隠蔽など、安全性無視の企業体質がいまも続いていることは驚きであり、まるでサリドマイド以前の時代にタイムスリップしたような恐ろしさを覚えた。
 第二部では、日本から薬害イレッサの総括と訴訟経過が関口正人弁護士によって発表され、薬害肝炎検証再発防止委員会での審議事項とその最終提言については水口真寿美弁護士から発表が行われた。第三部では会場を交えて討議が行われ、新薬審査・承認の仕組み、市販後安全対策、製薬産業および医薬品行政のあるべき姿、第三者監視・評価組織の必要性などを巡って活発な議論が展開され、国際的な情報交換と協力の必要性があらためて認識された。

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