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 今から20年あまり前、私は某放送局の厚生省担当記者だった。取材で知り合ったお役人の中に、健康食品のことを熱っぽく語るIさんという人がいた。

 その頃、有機ゲルマニウム健康食品が「万病に効く」というふれ込みでさかんに売られていた。ところがそれを食べていた子どもが腎臓障害で亡くなるという事件が起きる。警察は薬事法違反で業者を摘発、業者は有機ゲルマニウム食品と称して、実際には腎毒性がある無機ゲルマニウム化合物をカプセルに入れて販売していた。

 この事件のことを、当時食品衛生を担当していたIさんは本気で怒っていた。「科学的根拠がない宣伝をどうしたら止められるのか」「カプセル型だからとんでもない量を食べてしまう。味噌汁ならどんなに体に良くても1日30杯は食べられない」と話していた。そしてその後、彼は、いまの特定保健用食品=トクホ制度の基礎となる健康食品の認定制度づくりに熱心に取り組んでいったのだった。

 そうなのだ。トクホ制度はこんな思いでスタートしたのである。科学的根拠がある“良い健康食品”を国が積極的に認めることで、それ以外の“あやしい健康食品”を市場から駆逐する、そんな狙いだった。そして過剰摂取を防止するため、カプセル型のものは認めず、食品の形をしているものだけを限定して認める制度だった。

 ところがその後の規制緩和で制度は変質していく。カプセル型、錠剤型も認められ、それまでタブーだった特定の病気の予防についての宣伝もできるようになった。また科学的根拠となるデータが不足している食品を「条件付き」で認める特例も登場した。

 そんななか起きたのが、去年の「エコナ」騒ぎであった。一連の騒ぎで明るみに出たのは「トクホの安全性」の頼りなさ。十分な食経験があり、推奨量の3倍程度を約1か月間食べ続けても目に見える健康被害が出なければ「安全」というお墨付きが得られるしくみになっていた。

 そして肝心の「トクホの有効性」のほうも、50人規模の臨床試験データのみで認められていた。医薬品の分野では、研究者がどこから寄付金を得ているかといういわゆる利益相反が重大な問題になっているが、トクホに関しては、当該食品メーカーの研究者が行った臨床試験でも問題なく、しかも、たった一度でも有意差がでれば、そのデータがそのまま認められていた。いったんトクホと認められると、その有効性を否定するためには同規模の臨床試験を実施する必要があり、そんなことをあえてする人はいないため、認可後に取り消される可能性はほぼゼロ。そうやって膨らむ一方のトクホ市場の規模は、いまや6000億円を超えているとされる。

 かつて制度づくりに奔走したIさんは、その後定年で退職、程なくして亡くなった。医師でもあった彼は、今ごろ天国から「俺が作りたかった制度はこんなものじゃない」と怒っているのではないだろうか。いま消費者庁が制度の見直しを始めたが、トクホ制度がほんとうに国民のためになっているのか、Iさんが熱い思いでスタートさせた原点にもう一度帰って、ぜひ根本的な見直しをしてほしい。

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